人間のこころとはもともとそれほど大きいものではありませんし利己的な次元で生きていれば尚、マインドは小さなものになります。
このようなもともと小さなマインドでも自分でその個性をよく見て認めてあげるとなかなか面白い場所でもあります。
他人というのは皆毎日違う意識や感性で生きているものです。
このため一言、言葉を発すればひとりひとり皆オリジナルの意見や生活スタイルを持っているわけですね。
そこでこのような他者の感性を受け入れることが出来たらそのときあなたは相手より大きなマインドを持っていることになります。
人間というのは本質的に自分より大きな存在を受け入れることができません。
このため先に受け入れられた側はこのヒトには敵わないと思うわけです。
一方で毎日出会う人を受け入れるということは言葉で言う程簡単ではないことも事実です。
自分に自信のない人ほど相手を否定して自分の自尊心を守ろうとしているからです。
このため多くの人はこころのどこかで自分の孤独と問題を解決してくれる理想的な他者を探して生きていながらもこころから他者に心を開くことが出来ないでいます。
だからこそ自分が相手を受け入れてあげられる存在になれたなら相手にとってもとても希有な存在になれることになりますね。
相手にとって希有な存在になれることでその人間のオーラは倍増してカリスマ性が発揮されます。
たいへんだけど受け取るものはデカイわけです。
ちなみにオーラというのは意識が伸びやかで健やかなことです。
周りを否定してはオーラは発揮されません。
周りを受け入れることで意識もはっきりとして自分の才能が発揮されてくるのですね。
だからと言ってここで全ての人間を受け入れて明日から仏陀のようになろうと言っているのではありませんよ。
時として道のりは長いものです。
毎日出会う他者に対して自分を発見しているという感性でいることで自己成長も出来ます。
相手を自分の鏡として捉える方法ですね。
人間は様々な経験を積んで強くなります。
そして大人にナルに従って自我を発達させて外部からの沢山の擾乱に対して自己の同一性を保とうとして更に自己認識を強めて行くわけです。
様々な土地へ行き様々な価値観の人間に出会うことで身体に様々な免疫力が出来てホメオスタシス=恒常性維持機能が強靭になってきます。
ホメオスタシスが強靭になればなるほど宇宙にその身をサラして更に未知なる次元に飛び立てるわけです。
宇宙の一切にサラされることを考えれば人間の考えていることや他者との違いなどよほど小さなことに思えます。
そして違う価値観に触れサラされればサラされるほど私たちは日々強靭になって次の大きな仕事を実践出来るようになるわけですね。
少し話は違いますが実はこの自我の発達そのものがエロティシズムの発達の結果であるという研究もあるんです。
このテーマも興味深いものですがこれはまたまた別の機会に・・・。
今日は少し哲学的な内容になりましたね~。
前回の記事*直近営業電話のその後【ノウハウ編】
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