高校時代から腱鞘炎持ちの私。

ここ数か月は、勉強から逃げていたのでペンを持つこともなく 手を傷めることはなかったけど・・・
バイトで重いものをがんばって持ったら 一気に手を傷めた・・・。

痛い。
あまり重いものは持てない。
ただ、入ったばっかりだし、「重いものは持てませぇ~んっ」とは言えず 無茶しない程度に重いものを持ってます。

はい・・・ 正直いって痛いっす。
湿布かテーピングしてたいぐらい。。。

けど、バイト先が飲食店なので 湿布もテーピングもできないwww
はぁ・・・。リアタイアにくぎが刺さったため交換・・・。

バイクにまたがったときに
「あれ?足つきよくなったなぁ。ダイエットしてたし、太もものお肉が少し落ちたせいやろか?」
と思った私がバカだったwww


確かにね、運転してて自転車のパンクと同じような感覚になった。
けど、バイクにまたがったままリアタイヤを見ることなんて私にはできなかったから、スルーしてた・・・。


はぁ~~~~ タイヤ~~~~~しょぼん

思ったことをざっくりと。



だいぶ長いこと勘違いしていたことがある。
「努力」しなければ何も始まらないってこと。

私は努力が大嫌いだし、できるできないはその人の能力の問題だと思ってきた。
だから、私ができなかったことは、私にその能力がなかったということにすぎない・・・と。

どんなに才能がある人でも、努力をしなければ何もできないってことをわかってなかった。

何を見てか、何を知ってか、
母から「あんたはできる子や」と言われ続け勘違いしたのだと思う。

母だけのせいじゃない。
それを鵜呑みにしていた私自身に問題がある。

壁という壁にぶち当らず、それなりに乗り越えてきた私の人生。
「それなりにのりこえてきた」からこそ気付かなかったのかもしれない。
もしくは、気づくチャンスは何回もあったのに目をそらしていただけなのかもしれない。

ま、いやなものからは目をそらし。。。ということをやってきたからこそ
努力するってことをしてこなかったのかもしれない。


だからこそ、「いいねんいいねん。こんな生活をしていてスリムになれるはずがないねん」といって
自分を甘やかした結果、4年でプラス10キロ以上肥えたのだと思う。

つまり、基本的に「あきらめ」から始まってるってこと。
「こういう風になれたらいいな」が多い。
「なれたらいいな」だから、「なる」ように努力はしない。
だからそう「ならなかった」としても後悔はしない。

結局は、自分が傷つかないように予防線をはってるだけか。

そりゃね、傷つきたくないですよ。人から馬鹿にだってされたくない。
けど、別に傷ついたって、馬鹿にされたって、そんなことは大したことないってことがわからなかった。

わからないことをわからないって認めるのがいやだった。

今から思うと、たちわるいな。。。


でもね。今はちょっとずつですけど、自分のことがわかるようになってきますたよ。
やっと「ゼロ」になれたって感じ。