1945年8月15日は、日本兵が武装解除して民間人になった日です。

 

外地で民間人の身を守るには、自分たちでの自衛のみになり、住処を追われて放り出された地獄の始まりの日です。

 

内地で赤ちゃんをおぶって原爆の被害者を荼毘にふす少年も、
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引き揚げ途中に赤ちゃんを亡くして現地で埋葬するのを嘆く母親に寄り添えなくなった少年も、
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場所が違っただけで同じ日本人が、おかれた境遇によってどれだけ人の心を蝕まれたか、という点を
2つの少年を並べて実感してもらいたいのです。

 

戦闘終了を記念する日であるのみで、命の危険が終了した日ではなく、

 

むしろ民間人が誰の保護も受けずに逃げ延びた地獄のはじまりとして、世界の人間が想像をめぐらし毎年思い起こすために「記念」する日なのです。

 

それが、日本が「民間人の自衛のために」「文民統制された警察予備隊」を「領土内にもつ」という、

「条件の重大さ」を「民間人が実感し再認識する」ために念じて頭の中の記憶を思い起こす日でもあるのです。

 

「焼き場に立つ少年」はあの子?謎追う被爆者 ローマ法王注目の写真|【西日本新聞ニュース】
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「グリコちょうだい」息絶えた弟の姿、満州から引き揚げ「終戦で始まった戦争」訴える |【西日本新聞ニュース】
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