息子は、

自閉スペクトラムとして

大きく困り事が見えてるわけではない

 

「見えてない」とは一般社会の中で

外の人が見れば、という話。

その程度は、努力の範疇

その程度は、誰にでもある

その程度は、掘っておいても問題ないかも。。。

 

親の私はそう思っていた。

でもなにかなぁ。。。。引っかかる

本人は、困ってないようだが

外から見るとふわっと困り事のようで

それがまた一番、誤解されやすいのではないか。。。。

 

たとえば、洗濯機は教えれば使える

じゃあ、洗濯できるではないか

ところが、「干して!」とお願いすると

丸まったままひっかけてあった。。。

伝えればいいじゃないか!

そうであるよ。言葉で伝えれば理解できるよ。

それは確かにそう。

でも。。。理解してもそうなる。

頭で理解してるのに

自分で意味をなさないことには注意を払わない。

(掃除をしなくても気にならない片付けられないって

その事と多分同類な考え)

 

他人が説明しても

自分に大事じゃないとつまらないから

体を動かし続けて聞いていない。

みな、つまらないとわかっていても

聞いているふりはするじゃないか‼️

それは、考えない。

伝えても理解できても

その場面に出くわすと何かしら動いていて。。。

 

そんなふわっとした困り事が

そんなことは大した事ではないよと片付けられてしまう。

 

本当にこの子は発達障害をもっているのだろうか?

いつもそっと見守りながら

疑っている私。

しかし、あーそうなんだな。。。

やっぱり困っている部分が

あるんだなと

わかりやすく書いてある本に出会った。

「自閉スペクトラム

家族が語る我が子の成長と生きづらさ」

著者 服部綾子

出会った。