もうすぐ65になる兄が
勤めていた工場を退職した。
彼は小さい時から言う事を聞かず
父親から柱にくくりつけられたり倉庫に入れられたりの
お仕置きを受けていたが、平気のへの字だったらしい。
父は何かを感じていたらしく
跡継ぎにして住処も心配ない環境にした。
就職先も小さな工場ならやっていけるかもと
父親が探してあげた
その工場はやることも社員数もアットホーム。
時々、社長と喧嘩して会社を辞めては
父が頭を下げて再雇用に至るを
数回繰り返してきた。
しまいには社長自体が
へそを曲げた兄に対して
「そろそろ会社に出てこいよ」と誘いにくる。
そういえば運転免許も10回くらい筆記試験を
受けてやっと合格
まてまて毎回宿に泊まってたから
2倍の20回くらいかもしれなかった
その間も父は片道2時間を根気よく
連れて行っていたなぁ。。。
新しく家を建てることになったローンも
給与銀行から自動的に別銀行へ送金する方法をとっていたし
考えてみれば
何かしらの度に父親のフォローが入っていた
「障害」という言葉を公的な場で使うことなく
厚生年金をかけてもらえる環境にし
老後も少ないお金で一人で生きていけるように
田舎でも移動できるよう根気強く免許をとらせた
父は数年前に亡くなったが
その時は父のお膳立てが何も分かっていない
兄の代わりに私は手続きを手伝った。
まあ、ついでに母もわからない人であった(T ^ T)
そんな兄が心配で
退職後、ちゃんといろんな手続きができたであろうかと
心配で実家に寄ってみたが
意外と出来ていた
まあ、母の面倒を見ているので
それなりに成長できたのかもしれない。
父が生きていた頃はやってもらって当たり前だったが
今は母の面倒みるという「役割」が与えられたわけだ
(ソーシャルワーカーになりたい 著芹沢茂喜・山岸倫子に
載ってた言葉)
普通に年金生活を迎えることができたのは
父のおかげだが「成功」とも言えるのではないかな。
私の息子への接し方はどうであろう。。。
うまい匙加減でのフォローができていない気がするなぁ。
生きていくための役割をさらっと
与えられたら本人も自分の足で歩くのだろうが。。。
私自身が迷う日々なのであった。。。