気づいたら前回の更新から2年半以上が経っていて、改めて月日の過ぎる早さを感じた。

思い返せばこの2年半、帰国してから就職をし新たな人達と出会い、とても充実した時間を過ごしてきた。


突っ走ってきたとまでは言えないし、がむしゃらにただただ働いてきたという訳でもないけれど

学生時代ともWH時代とも違う時間を過ごし、その中から得るものは実にたくさんあった。


今ふと立ち止まってみて、こうして過ごしてこれた事は周りの変わらない大切な人達のお陰だと

改めて感じている。

感謝という言葉では現しきれない程の想いが溢れてくるけど、その気持ちを直接伝えるのは

もう少しだけ先にしよう。みんながそれを許してくれるのなら。


これからの一年はきっと今まで以上に大きな意味を持つ一年になるだろう。

無駄に年は取りたくないけれど、中身の詰まった年の重ね方ができるのならばそれ以上に望む事はない。

その為にも精一杯自分自身と向き合い、自分を表現できる大人になりたい。


もうすぐ、20代後半に差し掛かる。

そして毎年思う事はこの日に生まれて良かったという事。

焦らずゆっくり、だけど着実に。本物の大人になっていこう。




”忘れた頃にやってくる・・”

そんな言葉がふさわしい日。


空からの贈り物はこの特別な日に、さらに特別なベールをかける。


深い意味を生涯知ることのない大人も、まだ知らないだけの子供も

すべての人を笑顔に変える日。


どこからか聴こえてくる音楽に耳を傾け、通りすがる人達と気持ちを共有する。


幼い頃に与えてもらった大きな夢を

今度は自分が与える番になる。


本物のツリーの下にそっと、夢をしのばせて。






カレンダーを一枚めくる時、季節の移り変わりをこの手で感じる。


昨日と今日、たった一日しか違わないけれど

そこには確かに

新たな月の訪れが存在する。


朝、降り積もった雪のにおいに心がはずむ時

夜空を見上げて、そこに広がるオリオン座に冬を感じる時


その一瞬の中で、永遠に続くかのような体温が

改めて体の奥底から伝わってくる。


そこには今生きている事への問いかけも答えもなく


ただ純粋な喜びだけが

体の底から溢れてくる。










この街に雪が降る事はめずらしいことではないと分かっていながらも

空気が急に冷たくなってそれを知らせる時には胸が高鳴った。


幼い頃は初雪に心が躍っても、それは一瞬のことで

”期待しすぎない”ということを自然とそこから教わったものだ。


それでも心の奥底では、目の前の世界の色が変わることをいつも願っていた。

それは強く、まっすぐに。



今朝目を覚ましてその世界を目にした時は、昨夜の天気予報を見たことさえ忘れていた。

いつものように眠りにつき、いつものように目を覚ました。

そしてそこにいつもと違う世界があった。



幼いあの頃をこの街で過ごしていたら・・。

そう思って、今日見た少年・・溢れそうな笑顔で雪山を登っていた少年を思い出した。



「君も幼い頃の私もきっと何も変わらないね。」



人と出会う度、大切なものが増えていく。

全てが自分にとって大事で、一つでも欠けてはならないと

懐に仕舞う。


ふと気付いた時、その中に自分が埋もれてしまいそうでも

必死でもがき、守ろうとしていた。


でもそれは自分の一部ではなく、自分の目の前にある一部でしかなかった。



捨てる事も消す事もできないものは、想い出となり

やがて自分の一部となる。



今日もどこかでその一部に苦しむ人がいるのだろうか。

そしてきっと涙するほどの愛おしさを感じる人もいるだろう。




自分にしか開く事のできないアルバムは

色褪せる事なく

時には憎いほどに輝き続ける。






物心ついた頃から、家族のために働いていてくれた父。


自分より早く起きて、誰より遅く帰ってきた。


たまに帰らない事があっても

そんな夜は母と二人、テーブルの隣り同士色々な事を話した。


父がいてもその風景は変わらなかったけれど

暖かく見守ってくれていたのは、痛すぎる程の優しさからだったろう。


汚い言葉をはなってしまった時も

冷たく接してしまったた時も

その優しさは決して変わらなかった。



生まれてから今まで、何回後悔する事をしただろう。

何回言ってはいけない言葉をはなっただろう。


そして何回笑顔にできただろう。



今、遠くのこの地で自分にできる事を必死で探しながら

父の顔が頭に浮かぶ。



今なら手紙を書いて伝えられるだろうか。


「お誕生日おめでとう」


「今までお仕事お疲れ様」と。



少し遅くなってしまったのは時差のせいだと、羞恥心を隠し

不安になる。


今度は笑顔にできるだろうか。








新しい土地に、新しい家、そして新しい仲間。



半年前に自分の身に起こった出来事は、また新たな形となって今の自分に舞い降りる。


両手を左右いっぱいに広げて全身で受け止めたくても


ふと足元を見れば後悔しないために踏み出したこの一歩は、まだ宙に浮いたまま震えている。



東京に初雪が舞い降りる頃

一面の銀世界に指針を失っても、一歩一歩自分の足でその道を確かめながら歩んでいきたい。



それがどんなに小さな一歩だとしても。







アメリカよりも一ヶ月早い、サンクスギビングデー。

日本にはない、秋の収穫を祝う日。


学校で教わった”11月”よりも早いという知識も然る事ながら、この国に同じ日が存在している事さえ知らなかった。

アメリカよりも北に位置し、早く収穫ができる事からこの日が一ヶ月早いのだと言う。



幼い頃雨の日が嫌いで、雨の後に雲からそっと覗く太陽はいつも以上にまぶしく感じ、手をかざした顔は笑顔でほころんでいた。


晴れが肯定的な意味を持ち、雨が否定的な意味を持ったのはその頃からだろうか。



「明日も午後から全国的に雨でしょう」



だけどいつの日からか、この言葉を聞いて悲しくなる事はなくなった。

雨が降る事に祈りを捧げ、晴れという日を手放しでは喜べない人がいる事を知ってからは。



これからこの街も、春先まで長く続く雨の季節になる。

その雫が一粒一粒大地へと染み込み、次の春には新たな命となって天に向けて小さな芽を出す。


雨のこの街も格別に綺麗だという事を聞き、またこの街が好きになった。








飛行機や船以外の手段で国境を越える・・。

これは島国で生まれ育った人にはなかなか想像に苦しむ事ではないだろうか。


今自分がいる国とは違う国が目の前に見えているのに、その何歩かに数時間かかる事もあると言う。

そして、それはまた”旅の券”の種類によっても事は変わってくる。



数歩進んだ先に待っていた場所は、それまでいた場所と何一つ変わらない気がした。

人種  言葉  街並み  街をゆく人々の笑顔・・。


初めての土地であるのにどこか懐かしい気さえしたのは、違う国と言えど同じ大陸で半年以上過ごしているからだろうか。


生まれ育っていない国へ戻り、何の疑いもなくただ一言 「ただいま」 と言った。




次は”旅の券”をかたく握りしめて、どこへ向かおうか。



  


この街には、数多くいる家なき人・・つまりホームレスの方々。

日本も多いとは思っていたけれど、その数はおそらく桁違いだろう。



バスの窓越しに彼らを見て、「住む」という概念を当然の事と思っていた自分がただ思い込んでいただけなのだと気づかされる。


一括りにされる彼らも、一人一人個性があって、それぞれに様々な歴史があるだろう。


もしかしたらそれは、まだ輝ける道を走っている途中なのかもしれない。


こうして屋根の下にいる自分には想像できない程の・・。



紅い葉が落ち始める頃、私は新しい道を求めて違う屋根の下にいる。


ここではない、どこかの屋根の下に。