子どもと大人の翻訳家
たかもり くみこです。
子育てをしていると、
人間関係が必然的に複雑に
なりがちなのと、
子どもの関係なので、
逃げられもせず、
直面せざるを得ないことも様々。
パートナー、パートナーの両親、
パートナーの兄弟姉妹、
ママ友、子どもの友人、
先生、習い事、
幼稚園、保育園関係、
などなど。
なので、今までの人生の
ゴタゴタを一気に解決していける
チャンスが多いとも言えます。
で、今回のテーマは
「ポジティブと感じられる
観念の取り扱い方」
について。
観念が、私たちの日常、
人生を彩り、創っていることは、
ご存知の方も多いと思います。
癒しと子育ち・オンラインコースでは、
ポジティブ、ネガティブ含めて
観念に気づき、洗い出して、
手放していくので、
そのプロセスの中で、
様々な疑問が湧くことも多く、
今回はご質問頂いたものを、
アレンジしてお届けしますね!
Mさん
ネガティヴな傷に気付いたとき、
ポジティブな観念があり、
そのポジティブな観念も手放した方が
いいのか?を知りたいです。
例えば「人を傷つけてはいけない」
といったよいとされる観念も
クリアリングすべきなのでしょうか?
これもクリアリングしてしまうと
人を傷つけてもよいとなり
どうなんだろと思ってしまいます。
でも人を傷つけてはいけないという
観念があるからいちいち
傷つくのかなとおもったり。
よいととれるポジティブ観念の扱いを
教えていただけますか?
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良いご質問をありがとうございます。
ネガティブな観念を手放す
意味はわかるけど、
ポジティブな観念をどうするか、
確かに迷うところですよね。
ポイントは、その観念があることで、
不快に感じる時があるかどうか、
です。
今回例に出していただいた、
「人を傷つけてはいけない」
観念があることで、
こういうことは
ないでしょうか?
「平気で人を傷つけるような
言動をする人を見ると
腹が立つ」
一般的には普通のことかと
思います。
ただ、もし、この
観念を持っているとすると、
「平気で人を傷つけるような人」
や、
「傷つけている場面」
に出会いやすいということが
起こります。
あるいは、家族や、親類、
近い人間関係に、そういう人がいて、
いつもぶつかる、腹が立つから
距離を置きたい気持ちになる、
という現実があるかも
しれません。
ですから、ポジティブで
あっても、一旦手放す、
ということをお勧めしています。
観念を手放すことは、
そのことをしなくなる、
という意味ではありません。
(この場合、「人を傷つけては
いけない」観念を手放すと、
「人を傷つけてしまう」自分に
なるわけではない。)
本質ではない「観念」を
手放すことで、
「真ん中」、本質=愛に
近づくだけです。
愛は、人を傷つけることは
ありません。
というか、もともと
人を傷つけるという本質など
存在しないからです。
自分の痛みや
観念があればあるほど、
現実で不快な思いをしたり、
引っかかったりします。
ので、山ほどある
自分の観念や痛みに
気づくこと、手放し、癒すことは、
自分の持つエネルギーを変え、
現実を動かすためにも
すごく意義のある、大きなことだと
思っています。