8月の雲南旅行と9月の上海出張からあといくつかアップを。1件目は戦勝記念日について。
日本の終戦は8月15日(ポツダム宣言を受諾した日)ですが、中国では9月3日がお祝いです。プーチンが北京に軍事パレードに来てたでしょ。
日本が降伏文書に署名した日です。
先週の上海出張では、中国社員全員と個別面談の必要があり、上海でやると中国のマネジャーに言われたんです。
北京オフィスは天安門広場に近いから、ほぼ地区が閉鎖状態で誰も出社しないって。共産党首脳とプーチンが軍事パレードを観覧じゃあそうなりますねー。
この話しを日本在住で8月1ヶ月間中国を旅行中のS子さんにしたら、キョトン。そーなんだーって。彼女は上海出身です。「上海ではあんまり関心ないよ。政治的話題は北京ね。」とのこと。
でも至るところで、戦勝記念日メッセージをみました。「抗日」の二文字でわかる。高速の料金所とかにも電光掲示で、ファシズムと侵略者日本に打ち勝った中国は素晴らしいという趣旨の文が流れていました。8月始めから、9月3日、10月の国慶節にかけて盛んになるようです。
飛行機内のエンタメも抗日映画がラインナップされていました。
日本が降伏文書に調印した相手は中華民国(国共合作から内戦手前)とか、議論はいろいろありますが、勝ったら祝うでしょ。8月から9月は日本人にとって中国は若干の居心地の悪さがありました。
事前に昆明の空港に向かえに来る人は、私の名前から漢字二文字を書いたカードを持って、日本人だとわからなくすると聞いてました。いままでにないわ。かなりビックリしました。結局現地の人が不用と判断してましたが。。。
一般のひとはあんまり抗日には関心なく、一人っ子世代以降とくに若者は世界的に似たかんじで、アジアのアニメにゲームにK-Popで育ってます。のほほんとしてます。我が社のような外資にお勤めの方は上から下まで日本には何回も観光に来てるし。
話題がかわりますが、石林ではビルマに向かう日本軍が寄ったことを書いてある碑文もありました。
イギリスの補給を断つのに、ビルマやインドまて行かなきゃならなかった戦争って正気じゃないとつくづく思いました。
絶対行きたくないわ。
ちょうど日米開戦前に、日米戦が起きたらどうなるかシュミレーションした若者たちのドラマを観てました。
原爆以外全部あててたって。正気じゃないと分かっていて、戦争を続けた大きな理由を、東條英機が、日中戦争で中国で多大な戦死者をだしているから今さら引けないって苦悩してました。遺族に顔向けできないって。
現代の理性だとわからない。戦前の日本は既得権益を守るという以外なにか本当の戦争する理由があったんだろうか?
他国に行って、戦争して、死者がかさんだからやめられない?
そんなバカな。
そんでビルマやらインドのジャングルで若者が大量に死んだんです!
自分が現代のインドでドサ回りするからよくわかります。80年以上前に装備や補給なしで、あんなところに行くなんて考えられない。どんなに故郷に帰りたかっただろうって。
また話しがかわります。昔、村上龍の「5分後の世界」を読み戦慄しました。
本土決戦が起きれは、この本にあるように長期のゲリラ戦に移行した可能性は高いと思いました。
そうならなかったことに深く感謝するとともに、日本の大陸への野心という、今となってはまったく理解できないものを考え続けた旅でした。

