ある道具の人気が高まり、皆がそれを買い求める或いは値段が高騰する、という現象はご存知でしょう。その大きな要因の一つに「誰某が使っているから」というファクターが有ります。例えば、楽器やスポーツ・ギア(錦織圭選手の使用したラケットは注文殺到とか)などはその良い例と言えます。車でも、スクリーンの中でスターが乗ったりしていると、中古車市場の相場に大きな影響を与えるのだとか(先日カー・ディーラーで聞いた話です)。
筆記具にも、少ないながらその例は有ります。筋論で言えば、あの作家が使っているから、という理由が考えられますが、実際の例はもっとミーハーです。
例えばこのオスカー・ワイルドのボールペン。丁度世紀をまたぐかまたがないかという頃、それまで定価を大きく下回っていた市場価格が、あっと言う間にそれまでの倍くらいになりました。国内には物が少なく、海外旅行に行くとステーショナリー・ショップやデューティー・フリー・ショップを探して回った、という話も聞いた記憶が有ります。
その原因は、当時ニュースステーション(現在の報道ステーションの前身)という報道番組の中でキャスターの久米宏が使っていたからでした。彼はボードを指し示すときに、手にしていたペンをよく使ったのですが、結果としてそのペンのクローズ・アップが画面に良く現れたのです。
もう一つの例は随分以前のことですが、NHK教育で放映されている「美の壺」が万年筆をテーマに取り上げたときに、谷啓が手にしていた1960年のモンブラン144です。これは1回だけの放送であったことと、1960年製の144が極めて入手困難(この1年しか作られなかった珍しいスタイルのモデルです)である事から、好き者の間でちょっと話題になりました。
ところで、「誰某が使ったという事で人気が有るペンなら、開高健モデルがあるじゃないか?!」と仰有る方がいらっしゃるでしょう。でも私に言わせればそれは違います。そもそも「開高健モデル」という名前が付いたペンは存在しません。開高健を敬愛して止まないT氏が、モンブランの149でこういう仕様のペンを開高健は使っていた、と書かれたり仰有っていたのが始まりで、その仕様に忠実なペンでさえ製品としては存在しない(詳しくは知りませんが、色々と手を入れられていたペンのようです)のです。
では、オークションなどでよく「開高健モデル」というタイトルの149を見掛けるのか? 少しでも付加価値を付けて少しでも高く売りたい。これに尽きます。
同じ道具ではあるけれど、楽器やスポーツ・ギアは憧れの人が使っている道具を使うことによって何となく上達したように思えても、憧れの作家と同じペンを使っても決してその作家に近付けるような文章が書けないであろう事ぐらいの理性/知性をペンの愛好家は持っている、と解釈すべきなのでしょう。