基本スピ思考の私(蔵)の思う事 -3ページ目
歌い手になりたい
私目線の話
歌う時に声帯の力を
抜く事は
自分の魂(?)
に委ねる事になるのに気づいた。
歌うのが上手な
人は元々
声帯に余計な力入ってないのだろうから
当たり前なんだろうなぁ。
でその時に
力を抜きすぎると
音程を外しそうになって
コントロールを
力ずくで
私はやってしまいがちなのだが
力を抜いて
やれば
元々の自分(魂?)
がやってくれちゃうのを
体現した。
今日、カラオケで
自分が出たり入ったりしているのを
感じた。
まだ、全部力を抜くのが
出来ず
そんなことになった。
創造主が口酸っぱく
『力を抜け』
という意味が
よくわかった。
『上から目線』
という
言葉がある。
それは
障害が出てくる様に思う。
私もやってしまいがちだが、
上下を作らないほうが
パスは通りやすい。
一人一人が
創造主と同じ位置にあるならば
上も下もない
だろう。
そこに
『…すべき』
もない。
上下を匂わせると
パスが通りにくい。
人にものを伝える時
教えるときもそう
『…したほうがいい』
という言葉も
いう時に
『…すべき』の成分が
入ると
途端にパスが通らなくなるかもしれない。
『良かれと思って』
の良かれに
上下の成分が
入ると
途端に
違和感になる事があり
伝わらない。
相手が『素直でない』
と判断する前に
それは
上下の成分が
邪魔をしているかもしれない。
上下を作るのが
悪いわけではない。
ただ、自分もそうしながら
された時に
違和感に思うのだなぁと
思った。
『力を抜け』
と上から教えられる。
色んな意味での
これが
コツ
となる。
上から受け取るのは
やはり
力を入れていたら
受け取れない。
力を抜くのだが
受け取る時に
最低限の筋力が必要
筋力と力
は別ものと解釈する。
筋力を使って
力を補う事はできない。
(波動的にというか…)
筋力は例えなのだが
経験とか学びとか
を『筋力』と例えている。
受け取る手の形を作る
とか
器を作るのが
『筋力(土台)』
になる。
そこで受け取る時
力を抜いていないと
形づくれないので
受け取れない。
その人の土台に合わせて
受け取れるので
土台を気にしなくて良い。
ただ、
力を抜いてないと受け取れない。
執着なんてない。
いつ貰えるの?
もない。
絶対もらえるのは
決まっていて
自分の力が抜けていたら
思わぬところから
受け取れる。

