このブログにお立ち寄りくださり、ありがとうございます。


25年3月

KORAILで韓国8泊7日の旅の続きです。


日程

(フェリー泊)

1日目: 釜山→麗水

2日目:麗水、順天湾湿地、全州

3日目:全州→光州

4日目:光州5.18記録館等💜

5日目:光州→ソウル

6日目:ソウル→釜山、鎮海

7日目:釜山、機張市場、松亭~海雲台列車等

(フェリー泊)



4日目

5.18の記録館等を見学した後、良洞市場を訪れました。


地下鉄良洞市場駅で下車し、階段を上がると、もう、市場の中でした



いくつか入り口があり、とても広い市場でした。

観光客向けではなく地元の人の生活の普段の日用品や食料品が一杯。





BTS のJ-HOP が学生の頃通ったということで、

ドキュメンタリー『HHOP ON THE STREET 』で訪れ、ダンスをしていました。




同じ場所はわかりませんでしたが、雰囲気をしっかり感じました



広い市場を歩き回った後、

地下鉄で光州松汀駅までやってきました。

1日目にお腹いっぱいで食べられなかったトッカルビをリベンジしに、トッカルビ通りへ。

KTX 光州松汀駅の近くにあるので、KTXで到着する1日目に訪れたかったのですけどね。

3日目は早朝に光州を離れるので、

2日目に街中から離れた松汀駅までやってきました。


花井(화정)トッカルビ

車で乗り付けた地元の人と思われる方々も入り口の写真を撮っておられたので、有名店のようです。

有名人のサインがたくさんありました。これはほんの一部です。



トッカルビは言ってみれば、韓国風のハンバーグですが、光州の名物のようなので、是非食べてみたいと思っていました。


ナ・ヨンソクPDのバラエティ『ユンステイ』でパク・ソジュンがトッカルビを作っているのを見ましたが、とても手間がかかっているみたいでした。



さあ、テーブルに準備ができました。
普通のと韓牛のとあったので、迷わず韓牛。
普通のって、輸入肉かと思いましたが、もしかしたら、豚との合挽きですかね。

日本での和牛と同じくらい、韓牛は貴重なようで、普通のものを注文される人の方が多いようでした。


もしかして、カルビタンまで付いてくる?

玉ねぎとトッカルビ2つ。隣の人のを真似て、広げて焼きました。



サンチュなどたくさんの野菜と一緒に食べますが、セリみたいなのが美味しかったです。

ミナリサムギョッサルも人気ですものね。


食後はテテを見ながら、デザート。



これで、光州観光は終わりです。

翌日はソウルへ移動です。






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25年3月

KORAILで韓国8泊7日の旅の続きです。


日程

(フェリー泊)

1日目: 釜山→麗水

2日目:麗水、順天湾湿地、全州

3日目:全州→光州

4日目:光州5.18記録館等💜

5日目:光州→ソウル

6日目:ソウル→釜山、鎮海

7日目:釜山、機張市場、松亭~海雲台列車等

(フェリー泊)



光州の民主広場を出て、錦南路を下って4街まで歩いて、5.18民主化運動記録館に着きました。



ちょうど、ドイツ人記者ヒンツペーターの特別展も開催中でした。


びっくりしたことに、入場料無料でした。

記録を伝えたい!という光州の気持ちがしっかり伝わってきました。


写真、ビデオOKだったので、膨大な量を撮影しましたが、載せきれないので、ほんの一部のみアップします。




光州事件とは、

ざっくり言うと、

1979年に当時の朴正煕大統領が暗殺され、戒厳令がしかれ、それに反対する学生運動が活発に行われていた。

軍の中心にいた全斗煥らにより、光州事件の前日5月17日に戒厳令が拡大され、反対する金大中氏の地元光州に鎮圧のため軍が投入されたというものです。

(この辺りのことが、映画『ソウルの春』に描かれています。)





鎮圧棒による暴力や一斉射撃などの残虐行為が繰り返され、市民の犠牲者も多数出たことから、デモ隊が市民を巻き込んでの運動になっていったそうです。


NHK 『アナザーストーリー』によると、派遣された軍兵士も、相手は北朝鮮と聞いていて、まさか市民へ銃を向けることになり、混乱もあったようです。


結局運動は5月27日に軍によって鎮圧され、全斗煥が大統領に就任しますが、7年後の民主化宣言へ繋がっていきました。




↓このほぼ中央の白い三角のところが、市民の抵抗の拠点、軍が攻撃した旧道庁で、先ほど訪れた民主広場です。



旧道庁を目指して、多くの部隊が攻めて来ているのがわかります。



攻撃に倒れた市民の靴が散乱しているところから、展示が始まっていました。




光州の民主運動の歴史を遡り、

民主化を訴える金大中大統領の出身地であることもこの弾圧の一連の流れが起こっていることを詳しく展示してありました。


遡れば、全羅道という地域に対する差別意識も垣間見えるようです。








200台ものタクシーとバスがデモに参加したそうです。






市民運動が起こっても、戒厳令で人や車の往来は制限され、新聞などの報道も厳しくチェックを受け、書き換えられていたことがわかります。



↑これは6月2日の新聞ですが、

上   元の原稿

中   私が元の原稿をPapagoで翻訳したもの

下   チェック後出版されたもの


赤字でチェックが入り、スカスカの記事になっています。


ヒンツペーター特別展では、

フィルムを隠して出国したクッキー缶や、韓国で創設されたヒンツペーター賞という国際報道賞の受賞者等も展示してありました。









広島で生まれ育った私たちが原爆と核兵器を自分の問題としてとらえているのと同じように、光州で生まれ育った人はこの事件、民主化運動の空気を吸って育ったのだと思いました。




BTS の『 Ma City』

という曲には、メンバーがそれぞれの出身地について歌っている部分があります。


光州出身のJ-HOPE の部分をご紹介したいのですが、引用できる動画が見当たらなかったので、歌詞のほんの一部分だけご紹介します。


「俺は全羅南道 光州の子」

で始まり、

最後が

「俺は光州のホシギだ

    全国八道は平伏すよ

    俺を見ようとするならば

    時間は7時に集合

    全員残らず押せ 062-518」

となっています


062は光州の市外局番

518は1997年に「民主化運動記念日」に制定されています。



歌詞にも出てきた無等山や、国立5.18民主墓地、518自由公園、等訪れたい場所はまだたくさんありましたが、体力と相談して割愛しました。

金大中コンベンションセンターというのもあり、建物は会議やコンサートが開かれるときに使われるようですが、行ってみたかったです。

金大中ノーベル平和賞受賞記念館は木浦にあると知りました。


次に訪れたい目的地となりました。




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久々に3月の旅の記録に戻ります。


25年3月

KORAILで韓国8泊7日の旅の続きです。


日程

(フェリー泊)

1日目: 釜山→麗水

2日目:麗水、順天湾湿地、全州

3日目:全州→光州

4日目:光州5.18記録館等💜

5日目:光州→ソウル

6日目:ソウル→釜山、鎮海

7日目:釜山、機張市場、松亭~海雲台列車等

(フェリー泊)




この旅の二つ目のテーマ、光州の歴史を学ぶ。

折しも、当時の尹大統領が戒厳令を宣布という緊張感の中で、光州事件も思い出されます。


その当時1980年、私は大学生でしたが、金大中氏事件からの流れで、お隣の国で大変なことが起きてるなぁくらいの認識でした。


今回の旅に備えて、映画『タクシー運転手 約束は海を超えて』を3回程見直しました。



この映画は、危険を冒して光州入りしたドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターと、彼を乗せて事件をくぐり抜けたタクシー運転手(ソン・ガンホ)の視点で描かれています。
NHK のアナザーストーリーでも取り上げられていました。

地下鉄   地下鉄   地下鉄  

宿のある錦南4街から地下鉄で文化殿堂駅に移動します。

駅構内に様々な展示物がありました。

日本では光州事件と呼ばれていますが、韓国では、5.18民主化運動と呼ばれているようです。





「光州の5月を歩こう」

散策のモデルコースが表示されていました。



地上に上がると、民主広場でした。

その日の記憶がそのまま残されているようでした。









運動の拠点となった旧道庁の前には、日本語での石碑もありました。

突然の軍部の暴挙に普通の市民が立ち向かった記念です。

この記憶があったからこそ、2024年の戒厳令のときに、韓国の誰もが軍でさえも、考えて行動ができたのだろうと思いました。


そばには、市民が使ったと思われるバスも残されていました。


             (papago訳)↑


↓当時の写真(5.18民主化記録館の展示)






↓時計台の写真

その時は気付かなかったのですが、今写真を見ると、時計台の向こうに、

「광주가 왔다   파면이 온다 」

(光州が来た!波面がやってくる!)の垂れ幕が見えます。


ちょうど尹錫悦前大統領の弾劾裁判の最中で、前日に訪れたときは、

民主化広場で集会が行われ、様々な幟と共に

元気の良い音楽とシュプレヒコールが響き渡っていました。





            ↑上2枚   が前日の写真です。

前日は、土曜日だったこともあるのか、

すごい熱気だったので、日本大使館からの要請の通り、前日は遠くから見るだけで近づかず、翌日の早朝に再訪した次第です。

恐らく尹錫悦前大統領の反対派の集会だったと思われます。


(全州では、太極旗を手にした集会を見たので、そちらは、尹錫悦前大統領派の集会で、どちらも見たことになります。)



再訪した日曜日の朝は、静かでした。

まだテントは張られ、数人の人がいましたが昨日の熱気が嘘みたいで、広場の広さを感じることができました






『民主の鐘』



民主の鐘を中心に集会が開かれていたようで、そばには、シールで投票する看板も設置されていました。



Papagoで訳すと、こんな感じ。

尹錫悦前大統領だけでなく、協力していたのは誰だと思うか、投票してください。

ということで、


最近もまだ、韓国の裁判所で一人ずつ裁判が行われているようですね。



やっと広場から、錦南路に出てきました。



映画の場面が思い起こされ、感慨深かったです。


地図に案内された通りに歩いてみました。いくつかの保存建物などがありました。




錦南路はいまも賑やかな通りですが、一歩奥に入ると、銃弾の痕と思われるものが残されていました。





これから、メインの5.18民主化運動記録館に行くのですが更に膨大な量の写真を撮っているので、次回に回しますね。


この日の歩数は13000歩でした。