原発事故により思い出した昔のこと。
日本で原発事故が起きて
世界中から「原発反対!」という声が聞こえるようになりました。
そして思い出した昔のこと。
私の父は私が中学生の頃、肝臓を患い
それ以来あまり動くことができなくなりました。
少しでも休んでいることが、病気を悪化させないということでしたので。
でも父はずっと「戦争反対」、「核兵器反対」、「原発反対」という考えを持っていたので
どんなに具合が悪い時でも反原発デモが行われると聞くと、日本各地へ出かけて行き
参加していたのでした。
私の記憶に強く残っているのは
入院していた病院に3日間の外泊許可をもらい、青森だったか岩手だったかまで出かけていったこと。
もちろん原発反対の運動に参加するため。
それだけのためにです・・・。
正直
身体は弱ってきていて、家族で旅行をするのも難しいというのに
わざわざ出かけて行って体調が悪くなったら意味ないじゃん
誰かに迷惑かけたらどうするの!?
そう思ったものです。
もちろん母も行かないように説得していましたが、全く聞いてもらえませんでした。
そんな父が亡くなったのは、私が社会人となった頃のこと。
そして
もう正確には覚えていないのだけど
お葬式だったか、49日の法要の時だったか・・・・
母方の伯母がみんなに言ったのです。
「Himmelのお父さんさ、原発反対とか言ってたけど
はっきり言ってそんなの無理だよねぇ。
理想はわかるよ。でもいくらきれいごと言っても、今の時代電気がなかったら困るでしょう?
原発が無かったらどうやって大量の電力を補うのよ。」って。
私は時々、母方の親戚が父のことを悪く言うのを聞いていましたし
その度に嫌な気分になっていたのですが
この時ばかりは
”あぁ・・・・確かに。たくさんの電力を補うには仕方ないのかも知れない。
原発反対!って、きれいごとだったんだな・・。”
そう思ったのです。
しかも多くの親戚が集まる場所で、みんなが「あんな運動に参加するなんておかしい」って言う意見を聞いて
私はそういった父の行動が、あまり良くないことだというイメージを持ったのでした。
だからそれ以来、父のことをあまり人には言ってこなかった・・。
それが今になって、あちこちで
しかも若者までもが「原発反対!」と叫んでる
そのことが私にとっては何だか不思議な感じがして仕方ないのです。
あんな事故があったのだから当然と言えば当然なのかも知れないけれど
私の心の中で
「よくないこと」として封印してきたことを、今はみんなが訴えてる。。。
毎日原発事故のニュースをテレビで見て
父が訴えたかったのはこういうことだったんだ・・・。
そう理解したけれど
でもこの不思議な感覚を自分の心の中で整理・処理するのに
まだ少し時間がかかりそうな気がします。。

ランキング参加中~
皆様のお助けクリック、感謝しています(*^ー^)ノ
本当に本当にありがとう
![]()
お手数をおかけしますが
