「乳母捨て山」の話聞いたことありますか?


年老いた親を、子どもが背負って山に捨てるというやつです。
大昔、貧しさから本当にその風習があったそうです。


そしてこんなことがありました。



背負われている間、親は山の木の枝を折って落としましました。
やせこけた腕を一生懸命のばして、一本一本、折り続けました。
山奥に着き、自分を捨てて去っていく我が子に、親は言いました。

「目印に木の枝を折ったから迷わずに下るんだよ」






親ってこういうものです。





親に勝る愛はないんじゃないかな………







仕事でも感じる事多いですね
そんな感情を持てる人間になりたい

そう想います
俺は親父の飯で育てられた。

当時は親父の下手くそな料理が嫌でたまらず、また母親が突然いなくなった寂しさもあいまって俺は飯のたびに癇癪おこして大泣きしたりわめいたり、ひどい時には焦げた卵焼きを親父に向けて投げつけたりなんてこともあった。


翌年、小2の春にあった遠足の弁当もやっぱり親父の手作り。
俺は嫌でたまらず、一口も食べずに友達にちょっとずつわけてもらったおかずと持っていったお菓子のみで腹を満たした。
弁当の中身は道に捨ててしまった。
家に帰って空の弁当箱を親父に渡すと、親父は俺が全部食べたんだと思い涙目になりながら俺の頭をぐりぐりと撫で、
「全部食ったか、えらいな!ありがとうなあ!」
と本当に嬉しそうな声と顔で言った。俺は本当のことなんてもちろん言えなかった。

でもその後の家庭訪問の時に、担任の先生が俺が遠足で弁当を捨てていたことを親父に言ったわけ。
親父は相当なショックを受けてて、でも先生が帰った後も俺に対して怒鳴ったりはせずにただ項垂れていた。
さすがに罪悪感を覚えた俺は気まずさもあってその夜、早々に布団にもぐりこんだ。
でもなかなか眠れず、やっぱり親父に謝ろうと思い親父のところに戻ろうとした。
流しのところの電気がついてたので皿でも洗ってんのかなと思って覗いたら、親父が読みすぎたせいかボロボロになった料理の本と遠足の時に持ってった弁当箱を見ながら泣いていた。

で、俺はその時ようやく、自分がとんでもないことをしたんだってことを自覚した。
でも初めて見る泣いてる親父の姿にびびってしまい、謝ろうにもなかなか踏み出せない。
結局俺はまた布団に戻って、そんで心の中で親父に何回も謝りながら泣いた。
翌朝、弁当のことや今までのことを謝った俺の頭を親父はまたぐりぐりと撫でてくれて、俺はそれ以来親父の作った飯を残すことは無くなった。


親父は去年死んだ。病院で息を引き取る間際、悲しいのと寂しいのとで頭が混乱しつつ涙と鼻水流しながら

「色々ありがとな、飯もありがとな、卵焼きありがとな、ほうれん草のアレとかすげえ美味かった」

とか何とか言った俺に対し、親父はもう声も出せない状態だったものの微かに笑いつつ頷いてくれた。

弁当のこととか色々、思い出すたび切なくて申し訳なくて泣きたくなる。





親が居る内に声掛けや連絡、していますか?

コレを見た時、声掛けと今と云う瞬間の重みを痛感しました


アメリカの、とある地方に野球観戦の大好きな、でも、目の見えない少年がいました。 

少年は大リーグ屈指のスラッガーである選手にあこがれています。
少年はその選手へファンレターをつづりました。
「ぼくは、めがみえません。でも、毎日あなたのホームランをたのしみにしています。
しゅじゅつをすれば見えるようになるのですが、こわくてたまりません。
 あなたのようなつよいこころがほしい。ぼくのヒーローへ。」


少年のことがマスコミの目にとまり、二人の対面が実現することになりました。

カメラのフラッシュの中、ヒーローと少年はこう約束します。


今度の試合でホームランを放てば、少年は勇気をもって手術に臨む、と。



そして、その試合、ヒーローの最後の打席。
2ストライク3ボール。テレビや新聞を見た多くのファンが、スタジアムで固唾をのんで見守り、少年自身も、テレビの中継を祈る思いで聞いています。

ピッチャーが投げた最後のボールは・・・、大きな空振りとともに、キャッチャーミットに突き刺さりました。

全米から大きな溜め息が漏れようとした、その時、スタジアムの実況が、こう伝えました。





「ホームラン! 月にまで届きそうな、大きな大きなホームランです!」






ウソも方便



優しい嘘ってあると想う

あって良いものだと想う

(o^∀^o)