仕事始めは年度末から書いている年賀状から始まりです。今年は1100枚書かなければならなく、皆で分担作業です。手書きで愛情を込め一文字一文字丁寧に書く事、これを18年間やっています。毎年出逢う方々が増えましてお陰で1100枚ですね。


 毎年楽しい音楽を聴きながら新年の新しい気持ちでエキサイティングな思いで書いていますので届いた方は楽しみにしていて下さい。


 いよいよ2月からコーチング・コンサルタントセミナーですので気合いを入れて頑張ります。『JJF』セミナー楽しみにしていて下さい。少人数限定ですので本物に触れる事が今回の目玉です。最後は私をコンサルやコーチングする事で結果が見えますのでそちらも楽しみにしていて下さい。


 私をコンサル出来れば仕事で稼げること間違いなしです。太鼓判押します・・・・
と言う事で皆さん頑張りましょう。

 新年あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。


 旧年はいろんなことがありました。どちらかと言うと種まきの時期でした。今年は芽が出る年かと思います。そして2月からコーチングとコンサルタントの融合を『JJF』セミナーとして皆さんに提供したく思います。今月一か月間で今ままでの経験をテキスト資料にし、協会と認定をしていきたく思います。


 私も部下を教育するにあたりコーチングはよく使います。良いチームには良いコーチがいる様にその真髄を伝授したく思います。


 『SMU』⇒『JJF』とリレーをすれば経営や周りのコミュニケーションが変わり会社や皆さんの周りは激変するでしょう。私も同じでしたが凄く変化しました。収入だけなくその周りも変化しました。


 今年はもっとたくさんの成功者や達成にフォーカスし、そして事業もよくしていきたく考えています。
後やっぱり皆さんの成功にコミットしお互い成功していく事。そして一年間で何人の成功者といっしょに道を歩めるかが本当の楽しみですね。

 『皆さん今年一年間ありがとうございました』


2月26日からセミナーが始まりたくさんの方々に応援や支援して頂きありがとうございました。
そしてたくさんのセミナーも受講しました。


マイケルボルダックの『達成の科学』『コーチング』
アンソニーロビンズの『DWD』
ジェームススキナーの『9ステップ』『メガイベント』
ジェイ・エイブラハム『戦略的ビジネス構築セミナー』
エリヤフ・M・ゴールドラット『Standing or the Shoulders of Giants』

ほかにもたくさんありますがその一部としてですが・・・


でもたくさん学びましたね。そしてそれを生かし来年本業やセミナーを通してお伝えしたく思います。
来年で創業18年になります。20年目にはパーティーでも開催したいですね。

短い内容でしたが本当にお世話になりました。


来年は今年以上に頑張り社会貢献をしそして皆様に成功や達成を感じて頂きたく思います。
皆さんの成功が私の成功です。


また来年お会いしましょう。

弊社セミナーの『START ME UP』の第2期が
先日無事に修了致しました。

初参加のかたは急激に飛躍され、
再受講の方はさらに吸収力を高めていかれましたね。

今後も皆様の成功と幸せにコミットしていきますので
どうぞよろしくお願い致します。


そして、来年の2月から新たにセミナーを開催致しますので
どうぞご期待下さいませ☆



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

【第3期】『START ME UP !!~本気のリーダー育成塾~』

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

●内容

ブループリント(人生の青写真を作る) 
コミュニケーション リーダーシップ
PFドラッカー経営 
ジェイエイブラハム USP『会社そして自分の売り』
フィリップ.コトラー『マーケティング』
ミリオネアマインドによるこれからの経営戦略
ブランド戦略
ランチェスター戦略
ブルーオーシャン戦略
セールスレター作成
DM作成
コンサルティングによる企業判断及び企業戦略
 

●日程
2月~4月の日曜日の合計5回+1DAYセミナー4回ご招待!
合計9日間のセミナーです。


●場所

都内23区 

●受講費

定価627,900円⇒250,000円(消費税別途・1月31日(土)お申込み分まで)


再受講生
定価100,000円⇒55,000円(消費税別途)
※懇親会は最終日に開催致します。


●特典
1. セミナー定期券(10月・11月までに開催される弊社1DAYセミナー全てご招待!!)
2. 1時間10万円の稲村徹也による起業コーチング1時間をプレゼント
3. 小冊子プレゼント「ミリオネアマインド7つの秘密」
4. 稲村氏の教えをまとめた特別限定テキスト「経営の知恵」をプレゼント
5. 稲村氏の友人の書籍プレゼント
6. アンソニーロビンズCDプレゼント
7. 弊社セミナーに特別優待価格にてご参加頂けます
8. ???シークレットプレゼント


※分割でも承っております。詳しくはお問い合わせ下さい。

●お問合せ
ご質問、お問合せなどがございましたら、
こちらまでご連絡ください。
メール: traffic_roots@yahoo.co.jp

●主催
トラフィック株式会社

※室内は冷房を設定致しますので、暖かい格好でお越し下さいませ。

※会場での商品の販売、営業目的でのご来場は固く禁止しておりますので
ご了承下さいませ。
※セミナーの録音・録画は固く禁止しておりますのでご了承下さいませ。

 今日はクリスマスイブですね。一年に一回のクリスマス。皆さん楽しんでますか?
今回は素晴らしいお話をしたいと思います。そして何度も感動させられました。
何度も泣きました。ありがとう『シークレットサンタ』
あなたのおかげで私も社会貢献できます。


 『シークレットサンタ』で社会貢献


シークレットサンタ1
http://www.youtube.com/watch?v=nSySDdox4Mw
シークレットサンタ2
http://www.youtube.com/watch?v=4p6le4wEudc
シークレットサンタ3
http://www.youtube.com/watch?v=4j7Sm2En_10


 アメリカでクリスマスになると、貧しく困っている人々に現金をプレゼントする男性がいた。彼はいつしか『シークレットサンタ』と呼ばれるようになった。


「秘密のサンタクロース」として名前を明かしたのは中西部ミズーリ州のカンザスシティーの郊外に住むラリー・スチュワートさん(58)の話です。


 「ほかの誰かを助けることこそが、私たちの生きる目的なのだ」

 1971年11月、23歳のラリー・スチュワートは会社が倒産し路頭に迷っていた。あまりの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って取り憑かれたように注文してしまった。請求書を出されようやく我に返り、お金を持っていないことに気づいた。そして、なんとかその場を取り繕おうとポケットの中を探すフリをしながらも、警察に突き出されても仕方が無いと思っていた時だった。一人の男性店員がラリーの横でしゃがんで、20ドル札(現在約2400円)が落ちていたと渡してくれたお陰で、彼は会計を済ませることができた。だがこの人生最大の苦境に偶然手に入れた20ドルが、後に彼の運命を変える重大な鍵となる。


 1972年、運良く拾った20ドルの残りを旅費にカンザスシティに移り住んだラリーは、警備関係の会社を起こして懸命に働いた。結婚し子供も生まれたラリーは幸せな生活を手に入れたかに見えた。


 1977年12月、不況で会社が倒産しその日の食事代にも困るほど追いつめられた。貧しさのせいでラリーは我を忘れ、銃を手に銀行に入り、強盗を働きそうになった。だが、20ドル札を見てふと我に返り銀行強盗をすんでの所で思いとどまった。改心したラリーは1978年、妻の兄からの援助を受けてセールスマンとして懸命に働いた。だが彼はまたしても試練を与えられる。


 1979年12月、会社の経営が思わしくないということで、ラリーは解雇されてしまったのだ。もう助けてもらうあてがないと途方に暮れていた時だった。ふと目についた売店に立寄り、ポップコーンを注文した。店員の女性は暗い表情で、違う商品とおつりをラリーに渡した。


 ラリーは彼女が困っているのだと思い、おつりの中から20ドル札をプレゼントした。彼女は受け取れないと言ったが、ラリーはクリスマスプレゼントだと言って手渡した。この日はクリスマスだった。女性は嬉しそうに礼を言った。その笑顔がラリーを明るくし、彼は思いも寄らない行動をすることになった。

 そのままラリーは銀行に行くとなけなしの貯金を引き出し、白いオーバーオールに赤い服とベレー帽という姿で町に繰り出した。そして困っているような人や貧しい人に20ドル札をクリスマスプレゼントとして手渡したのだ。シークレットサンタが誕生した瞬間だった。20ドルは大金ではなかったが、困っている人々にとっては大きな助けとなり喜んで受け取ってもらえた。それがラリーの人生にも思わぬ影響を及ぼすことになる。


 家に戻ると、妻から銀行にお金が残っていなかったと聞かれた。ラリーは落としてしまったと答えた。すると妻は怒るどころか、『仕方がないわね、でもあなたは幸せそうね』と微笑むだけで文句を言わなかった。


 翌年の1980年、ラリーは友人と長距離電話の会社を設立し、懸命に働いた。そしてその年のクリスマスにも道に立って人々に現金をプレゼントする活動を続けた。そしてその金額は少しずつ多くなっていった。


 不思議なことにシークレットサンタとなって施しをすればするほど会社の業績が上がり、長年の切り詰めた生活から抜け出し家族のために家や新しい車を買えるまでになった。ラリーの妻も町中でシークレットサンタの噂を耳にするようになった。彼は家族にも言っていなかったのだ。


 彼はそれからも一年も休むことなくシークレットサンタの活動を続けたのだが、9年目の1987年12月、ついに妻にシークレットサンタがラリーであることがわかってしまった。すまないと謝るラリーに、妻は「素敵なことじゃない。これからはもっと節約してたくさんの人を助けられるように協力するわ」と答えた。


 以後、家族もラリーの活動を知って陰から支えることになった。1995年、地元ではすっかり有名になっていたラリーは匿名を条件に取材に応じた。


 カンザスシティ・スター紙のマクガイヤー記者は、彼も家族も一切表舞台に出ようとしなかったと話す。しかし報道されてから、シークレットサンタの正体への関心はさらに高くなった。一方ラリーは多くの人に感謝されるにつれて、ある人物に会いたいという思いが募っていった。そして1999年12月、ミシシッピ州のトゥペロという小さな町のある男性宅を訪れた。


 その男性とは、シークレットサンタの生みの親だった。
28年前の1971年、一文無しだったラリーが落ちていた20ドルに救われた日のこと。本当の落とし主が現れたら困るので逃げるように店を後にしたラリーは、我に返って真実に気づいた。20ドルは、落ちていたものとして男性店員が彼にくれたものだったことに。


 男性店員はテッド・ホーンといい、当時のことを思い出した。ラリーは彼がしてくれたことをいつか誰かにしようと思ったのだと話した。そして、テッドの20ドルがなかったら刑務所に入っていただろうという。

 自分の人生を正しい方向に導いてくれたお礼にと、ラリーはテッドに1万ドル(約120万円)の入った封筒を渡した。


受け取れないというテッドに、ラリーは自分が今あるのはあなたのおかげだと引かなかった。当時テッドは、警察に突き出すのではなく、自らの過ちに気づき、他人への優しさを知って欲しいと思って20ドルを差し出した。それをずっと覚えていて、サンタ活動を続けたことには頭が下がるとテッドは話している。


 テッドさんはラリーさんから渡された1万ドルを、近所の病気で困っている人たちや生活に苦しい人たちのために使ったという。人を思いやる気持ちは健在だった。


 そしてラリーのサンタ活動は全米に広がった。2001年には世界貿易センタービル爆破事件のあったニューヨークに行き、ホームレスや職を失った人を中心に2万5千ドルを配った。


 2005年にはハリケーンで壊滅的な被害を被ったミシシッピ州を中心に7万5千ドルを配り、27年間で配った総額は150万ドル(約1億8千万円)になった。


 だが昨年、シークレットサンタがついにカメラの前に現れ正体を明かした。彼は昨年4月、食道ガンのため治療しなければ1ヶ月生きられないと宣告されたのだ。


 正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、身近な人への思いやりを広げて欲しいというメッセージを送りたかったからだろうと、マクガイヤー記者は話します。


 その反響は大きかった。2日間で7000通もの手紙やメールが彼のもとに届いた。大半は自分もシークレットサンタになりたいというものだった。


 その年のクリスマスも彼は病気を押してサンタの活動を行った。そのお陰で多くの人が笑顔でクリスマスを迎えられた。今年1月12日、ラリーは58歳で静かにこの世を去った。それでも彼の笑顔と優しさは数えきれないほどの人の胸に永遠のサンタとして刻み込まれただろう。


 生前ラリーは、シークレットサンタ協会を設立、会員資格は少なくとも1回他人への親切な行為を行うこと。今でも世界中から登録の申し込みが後を絶たない。そして・・・