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ベネズエラが現在のような「極左独裁」と呼ばれる体制に至った経緯は、1999年に就任したウゴ・チャベス前大統領による「ボリバル革命」から始まり、後継者のニコラス・マドゥロ大統領によって決定的なものとなりました。
民主的な選挙から始まりながら、徐々に法の支配や権力分立を解体していったプロセスは、現代における「民主主義の崩壊」の典型例とされています。
1. チャベス政権(1999年〜2013年):独裁の土台作り
当初、チャベスは既存政治の腐敗を批判するポピュリストとして圧倒的な民衆の支持を得て登場しました。
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憲法改正と権力集中: 1999年に新憲法を制定し、大統領任期の延長や権限強化、一院制への移行を行いました。
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石油資源の私物化: 世界最大級の埋蔵量を誇る石油の収益を、教育や医療などの社会プログラム(ミッション)に投入。貧困層から熱狂的な支持を得る一方で、国営石油会社(PDVSA)から専門家を追放し、忠誠を誓う軍人や支持者にすげ替えました。
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司法・選管の掌握: 最高裁や選挙管理委員会に政権寄りの人物を送り込み、法的に政権を批判できない仕組みを構築しました。
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軍の政治化: 軍に経済的な利権を与え、政権と運命共同体にすることで、クーデターを阻止する体制を作りました。
2. マドゥロ政権(2013年〜現在):独裁の完成と崩壊
2013年にチャベスが死去し、副大統領だったマドゥロが後を継ぎましたが、この時期に「石油価格の暴落」と「政権の正当性の欠如」が重なり、体制は一気に強権化しました。
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議会の無力化: 2015年の総選挙で野党が圧勝すると、マドゥロ政権は最高裁を使って議会の機能を停止させ、代わりに親政権派のみで構成される「制憲議会」を設立して立法権を奪いました。
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選挙の不正と弾圧: 2018年や2024年の大統領選では、有力な野党候補の立候補を禁じ、不正疑惑が渦巻く中で「再選」を強行。抗議デモに対しては軍・警察による武力弾圧を行い、多くの死傷者や政治犯を生みました。
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人道危機と亡命: 経済政策の失敗(ハイパーインフレ)と独裁化により、国民の4分の1にあたる約800万人が国外へ脱出する事態となっています。
経緯のまとめ:なぜ独裁化が止まらなかったのか
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