もう、スマートフォンが世の中に浸透してから、かなりの年月が経ちますが、


妙に、最近、生活の上でのスマートフォンの怖さが目立ち始めている気がします。


車を運転しながら、片手にスマートフォンを見ているドライバーがいたり、


交差点街で、スマートフォンをじっと、見つめている数十人の歩行者の光景があったり、


→異様な光景だな。


寝ながら、スマートフォンのゲームに夢中になり、眠れなくなったり、


→全国の人がそうなのかな。


スタバで、カップル同士、本来すべき会話がなく、二人ともスマートフォンに夢中だったり、


→この二人、会話ねーよ。マジか。


電車を降りると、スマートフォンのメールを見るために、急に立ち止まるおじさんがいたり、


→おっ、あぶねーなー、ちゃんと前向いて歩いてくれ。


スマートフォンを見ながら、歩いている人が、正面でぶつかる光景もあり、(←ってか、あり得ない)


→しっかり、前向こうよ。当たり前がなぜできない?


スマートフォンは、便利だけど、アプリおかげで、いろんな人たちが、楽しむ半面、


それ以上の人が、迷惑を被っているのも事実です。


というか、自分がいる目の前で起きていることは、全国で起きていることと同じなので、


相当、スマートフォンによる事故が多いものと推測しています。


歩行中にスマートフォンを見るのは、やめましょうの張り紙も意味ありません。


ここまでになると、生活の中での、アナログなことが、とても新鮮な光景に見えます。


アルコール依存、タバコ依存、パチンコ依存、テレビ依存、スマートフォン依存


どれも、心と頭と体に異変を起こし、間接的に他人にも迷惑をかけている気がしています。


そして、どれも、過度の依存は、よろしくない。


仕事は、デジタルを積極的に活用すべきだと思いますが、


プライベートは、アナログをもっと多く取り入れるべきだと個人的に感じています。



スマートフォンなしでは生きていられない人は、


アナログなことをする時間が新鮮で、ピュアさを感じ、


もっと、素敵な自分の時間ができ、生活がとても充実すると思います。


多分、スマートフォンと、アプリが、


自分の時間が奪われている気がしてなりません。


あっと言う間に、1年2年と過ぎていきます。


スマートフォンが悪いのではなく、アプリが時間を奪うと思います。



スマートフォンで今後の自分が悪い方向にいかないように心がけたいものです。



スマートフォン依存を無くすのは、個人的対策。


※依存は、自分で自己責任で対応するしかないと思います。


・時間があるときは、アナログなことをする。

・スマートフォンを自分仕様カスタマイズしない。

・すごく使うもの以外無料アプリをむやみに入れない。

・ゲームアプリを入れない。

・フェイスブック、SNSをやらない。※ビジネスなら別

・電車の中で、スマートフォンを見ない。

毎日会える人は、奇跡的に会えている。


毎日会える人に会うために、毎日大切にしたい。


いつもすれ違う人に会うために、毎日大切にしたい。


いつも電車で会う人に会うために、毎日大切にしたい。


それは、職場でも、どこでも変わらない。と思う。


いつもの人が、いつも会う人がその場にいなくても、悲しむ必要はない。


町のどこかにいる。それか、日本のどこかにいる。


でも、それでも毎日を大切にしたいのは、


やっぱり、毎日会う人に会うためだと思う。


毎日会えるから、居ないと気になる。


今日は、どうしたんだろう?と気になる。


もしかしたら、明日、事故に遭って亡くなる人が、


今、目の前にいるかもしれない。


事故に遭うと分かるなら、明日、事故に遭わないでね。と直接言いたい。


どうしても言いたい。


どうしても、いつもの人に、危ないことを教えてあげたい。


居なくなると、挨拶もできない。おはようの一言も言えない。


でも、分からないから、言えない。いつもの人なのに会えなくなる。


あいさつも、できなくなる。


できれば、明日亡くなる人に、精いっぱい、声かけて、挨拶くらいしたい。


いつも目を合わせないかもしれないけど、亡くなる前日くらいは、


何気なく、おはよう、じゃなくて、


目を見て、笑顔で、全力で、おはよう!と言ってあげたい。


そのおはようで、亡くなる人の明日が変わるかもしれない。

ITコンサルタントのマインドです。

先日、とある講演会へ行ってきました。

2名の講師のお話を聞いてきました。

一人は、佐藤◯士和さん
一人は、大久◯寛司さんです。

どの方も、すごい人という捉え方や、先入観から入るのではなく、

人として見た場合に、

彼ら、それぞれがどのような考え方の持ち主なのか、

講演を聞きながら、あえて経歴や、肩書き、社会的地位を抜きにして、

それぞれのお話を聴きました。

まず、佐藤◯士和さんですが、

クリエイティブシンキングというキーワードをベースに、

創造する、考える。そのままです。

この、創造する、考えることは、佐藤さんの頭の中ですが、

この創造することと、考えること(彼の頭のデザイン手法)の具体的意味は、

1物理力で表現する。
2科学力で表現する。
3化学力で表現する。
4色の視覚効果で表現する。(とくに原色を使う)
5人とモノの動きで表現する。
6人の習慣で表現する。
この6つに+シンプル

この6点(大まかにこのくらいをベースに)+シンプルに考えるを

うまく織り交ぜていると感じました。

シンプルは、ときに斬新に映ります。

これが、クリエイティブシンキングと名付けているのでしょう。

たぶん、だれでもできることと思います。

◯士和さんのマネはできませんが、この6つをベースに考えれば、

おそらく、誰でも、何かを表現することは、可能であると個人的に思います。

手前味噌で恐縮ですが、少し似ています。

この6つをベースに考えれば、

というか、

そして、この6点を前回の記事(合理的の意味)と組み合わせれば、

いわゆる、自由自在な広告が可能となります。

実は、◯士和さんが、全くゼロから今の仕事をしていたのかと思いきや、

広告代理店に勤めていたというお話を聴いて、なんだか、広告手法に妙に納得しました。

また、このブログでも、この6つをベースにした広告表現の記事を今度書いてみたいと思います。

つぎの大久◯寛司さんのお話。

要点として、本人の言いたいことは、

聴いていて、なるほどと感じたのですが、

物事の本質は、2次元ではなく、五感で感じなければ、つかめないこと。

このブログでも、記事にしていました。

また、人に何かをお願いしたり、してもらいたいことがあれば、

勉強しなさいではなく、勉強できるようにしてあげること。

寝なさいではなく、寝られるようにしてあげること。

ミスするな!じゃなくて、ミスが出ないようにしてあげること。

要するに、ストレートにやってほしいこと。

やってほしいなら、やってほしいことをできる環境をつくってあげるのが、

大事なことというお話でした。

当たり前なことは、みんなできない。

だから、当たり前なことじゃなくて、当たり前になるように環境をつくってあげること。

少し、視点を変えたお話でした。

今後、この2人の方の講演など行かれる方は、ご参考に。