日本におけるサクラ
日本で桜は最も一般的な花であり、最も愛されている花である。サクラの花は往々にして葉が出そろう前に花が咲きそろう。この「何もないところに花が咲く」という状態に、古来生命力の強さを感じたものと思われる。
春の象徴
桜は、春 を象徴する花として、日本人にはなじみが深く、初春に一斉に開花する特徴があり、春を告げる役割を果たす。俳句の季語になっているほか、桜の開花予報、開花速報は春を告げる合図となっている。また、入学式を演出する春の花として、多くの学校に植えられている。桜が咲いている季節がまさに春である。日本全土で全ての種類の桜が全て散り終わると晩春の季節となり、初夏がやってくる。
花の代名詞
日本最古の史書である『古事記 』『日本書紀 』にも桜に関する記述があり、日本最古の歌集である『万葉集 』にも桜を詠んだ歌がある。平安時代 までは和歌 などで単に「花」といえば「梅 」をさしていたが平安時代 から「桜」の人気が高まり「花」といえば桜をさすようになった。
- 難波津の咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花(王仁 )
- の「はな」は梅であるが、
- ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花ぞ散るらむ(紀友則 )
- の「はな」は桜である。
風流事を称して「花鳥風月 」というが、平安時代以後の日本において、単に「花」といえばサクラのことを指すようになった。その後の和歌にも桜を詠んだものは多い。
平安時代 の歌人・西行 法師が、月 と花(サクラ)を愛したことは有名である。西行法師が詠んだ歌の中でも、次の歌は有名である。
- 願はくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ
西行法師は、この歌に詠んだとおりの状況の下、入寂したという伝説がある。
また「花は桜木。人は武士」という言葉が江戸時代 までに成立しており、それまでに「花」=「桜」のイメージは日本で定着した。
和歌・俳句
上記のように春の象徴・花の代名詞として和歌によく歌われるほか、俳句 の世界でも、古くから春の季語 として桜が用いられてきた。
江戸時代 の代表的俳人・松尾芭蕉 は、1688年 (貞享 5年)春、かつて奉公した頃のことなどを思って次の句を詠んだ。
- さまざまの 事おもひ出す 桜哉
日本人の精神の象徴
江戸時代 の国学者 、本居宣長 は「敷島 の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」と詠み、桜が「もののあはれ 」などと基調とする日本人の精神具体的な例えとみなした。また明治時代 に新渡戸稲造 が著した『武士道 』では「武士道(シヴァリー)とは日本の象徴たる桜の花のようなもの」と冒頭に記している。警察官 および自衛官 の階級章 も、他国なら星形を使うべき所を桜花で表している。これらの職種は国民の生命と財産を守るために命を投げ打つと宣誓しているためである。
サクラの開花予想
サクラの開花予想は、代表的な地点での開花が予想される日と、予想日を地図上の等値線 で結んだ図(この図は一般に「桜前線 」と呼ばれる)が知られている。2009年 まで気象庁 がサクラの開花予想を発表していたが、2010年 以降は開花予想を行わなくなった(但し、開花や満開の観測は引き続き行う)。一方で、それ以前から民間気象会社も複数社が独自の開花予想を行っている。
気象庁では各地で特定のサクラを標本木として定めて職員の目視による観測を行っている。標本木は南西諸島 や北海道 の大部分を除いてソメイヨシノである。標本木の蕾 が5 - 6輪ほころびると、開花したことが発表される(これをマスコミでは「開花宣言」と呼ぶことがある)。標本木全体の80%以上のつぼみが開くと、満開となったことが発表される。
平成21年まで気象庁が行っていた予想方法は、各地点の冬期の気温 経過や春期の気温予想等を考慮した各種計算を経て、標本木に対して開花予想日を決定していた。民間気象会社による予想方法も概ねこれに近いが、独自の手法を採り入れて行っているものもある。
気象庁が定める東京 のサクラの標本木は、靖国神社 境内にある特定のソメイヨシノであるが、その樹木がどれであるかは、公開されていない。近年では、サクラの開花については特にマスコミの注目を集める傾向にあり、開花の時期になると、東京管区気象台 の職員が観測する風景を、複数のマスコミが取材に訪れる様子がしばしば見られる。
樹木全体から見た開花具合によって咲き始め、三分咲き、五分咲き、七分咲き、満開、散り始めなどと刻一刻と報道されることもある。このように木々の様子を逐一報道することは、世界から見ても珍しい例である。