無題1
ふと思い過ぎった・・・とはいっても以前ちょっとしたためたものに手を加えたけれど。
果てなく続く済みきった空
一筋の柔らかい白雲
碧く色なす連れなる山肌
樹々のざわめきも届いてくるかのよう
川のせせらぎは春の訪れを奏でる
時間さえも時を刻むことを忘れてくれそうなひと時
ひと足早く咲きほころぶ見知らぬ花の笑顔に心和ませる
そう
きっと
愛を彷徨う旅もここで終わるのだろう・・・
久方ぶりの更新ですが・・・
といいってもたいしたものじゃありませんがwww
本が好きでして、特にアドベンチャー(冒険もの)とかサスペンスやらが好きでして。
最近読んだ本で。ディック・フランシスという英国の作家。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、競馬ものの
小説を執筆してる方で、もう高齢にてここのところ息子さんと共同作業してますが、まだまだお元気です。はい。
いい(面白い)作品がいっぱいですよ〰
今回は最新作の「審判」で触れていた一説が引っかかって。
って何がって?
リンカーン大統領とケネディ大統領の知られざる共通点です。
リンカーンの秘書の名前がケネディで、ケネディの秘書がリンカーンだったとかって・・・
気になったので早速”Wikipedia"ぐぐってみました。
以下Wikipediaより
"
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リンカーン大統領とケネディ大統領の共通点(リンカーンだいとうりょうとケネディだいとうりょうのきょうつうてん)とは、アメリカ合衆国 の2人の大統領 、エイブラハム・リンカーン とジョン・F・ケネディ の経歴などに見られる数多くの共通点のことである。
アメリカでは、テコムサの呪い (Tecumseh's curse)、ケネディ家の呪い(Kennedy Curse )等と結びつけて語られる事の多い話題で 、オカルト 系の書籍で題材として取り上げられることも多い 。
この話題が取り上げられるようになった背景には、ケネディ大統領暗殺事件 を検証したウォーレン委員会 報告書の最終的な結論が一般人には理解し難いもので、憶測も含めて様々な陰謀説が各方面で囁かれ始め、マルコムX やキング牧師 、ロバート・ケネディ などの暗殺事件が続発した当時の社会不安がある 。これらの社会不安と歴代大統領 の中でも人気の高い2人を結び付け、商業主義に利用した面も否定できない 。
何らかの因果関係を見出そうとする人々がいることも事実だが、都市伝説 の類で単なる偶然の一致とする説が一般的である。
共通点 [編集 ]
共通点には以下のようなものがある。
家族 [編集 ]
- 駐イギリス大使
経験者
- リンカーンの息子のロバートは1889年から1893年まで駐英大使を務めた。
- ケネディの父ジョセフ は1938年から1940年まで駐英大使を務めた。
- リンカーン、ケネディともに4人の子供がいた。
結婚と夫人 [編集 ]
- リンカーン、ケネディともに30を過ぎてから結婚している。
- 夫人は24歳前後
- リンカーン夫人のメアリー・トッドは結婚当時23歳11ヶ月
- ケネディ夫人のジャクリーン・ケネディ・オナシス は結婚当時24歳1ヶ月
- 夫人はフランス語 を話すことができた。
- メアリー・トッドは63歳、ジャクリーン・ケネディは64歳と結婚の40年後に死亡している。
家族の悲劇 [編集 ]
- リンカーン、ケネディともに20代で亡くなった姉妹がいる。
- リンカーンの姉サラは20歳で亡くなっている。
- ケネディの妹カスリーンは28歳で亡くなっている。
- リンカーン、ケネディともに大統領在任中に息子を亡くしている。
- リンカーンの息子ウィリアムは1862年に12歳で亡くなっている。
- ケネディの息子パトリックは1963年に生後2日で亡くなっている。
- リンカーン、ケネディともに40歳まで生きた子供が1人しかいない。
経歴 [編集 ]
- リンカーン、ケネディともに46年に初めての議会に選出された。
- リンカーン、ケネディともに60年に大統領に当選した(就任も共に61年)。
- リンカーン、ケネディともにジョンソンという副大統領がいた。彼らは08年生まれで、ともに南部出身だった。
- アンドリュー・ジョンソン - 1808年 生まれ
- リンドン・ジョンソン - 1908年 生まれ
- 秘書の名前
- リンカーンにはケネディという名の秘書がいた(公式の記録には残っていない)。
- ケネディにはリンカーンという名の秘書がいた。
- リンカーン、ケネディともに黒人差別問題に深く関わっていた。
- リンカーン、ケネディともに国が南北に分かれる戦争に関わっている。(リンカーンは南北戦争 、ケネディはベトナム戦争 )
- リンカーン、ケネディともに死後、同名の空母 が作られている。
暗殺 [編集 ]
- 暗殺された場所
- 暗殺日は祝日の前の金曜日
- リンカーン、ケネディともに頭を狙撃された。
- リンカーン、ケネディともに夫人が隣にいるときに狙撃された。
- 両方の事件の目撃者や関係者など事件に関わった多くの人々が不審な死を遂げたり、災いに巻き込まれている。
暗殺犯 [編集 ]
- 2人の暗殺者の生まれ年は39年である。
- 最期
- ブースはリンカーン暗殺後、納屋で別の人物に射殺された。
- ケネディを殺したオズワルドは教科書倉庫から逃げダラス警察署でルビーに射殺された。
名前と文字数 [編集 ]
- リンカーン、ケネディともに5種類の文字を使用した7文字の姓である。
- Lincoln
- Kennedy
- ジョンソン副大統領のファーストネームは6文字である。
- Andrew Johnson
- Lyndon Johnson
- 暗殺者はミドルネームも含めて知られており、文字数は全部で15文字である。
- John Wilkes Booth
- Lee Harvey Oswald
異論 [編集 ]
上記の例の中には、間違いや誤誘導、こじつけなどがあるという批判もある。
例えば、以下のような部分が上げられる。
- リンカーンにケネディという秘書がいたという記録は存在しない。「ジョン」という秘書は実際にいた。そのため、ありふれた名前であるので、伝聞される内にケネディという秘書が居た、と誤った形で伝わったとする仮説がある。
- ブースの誕生年は1838年だとも言われている。
- 「夫人が隣にいる時に狙撃された」とあるが、公式の場でファースト・レディが隣にいる事はなんら不思議ではない。
- 文字数の一致は都合のいい部分のみを切り取り、それを誇張して表現しているにすぎない。例えばケネディ、リンカーンは共通しているのは苗字のみであり、それ以外に共通しているものはない。また暗殺者の2人にはミドルネームを含めているにも関わらず、同じくミドルネームのあるLyndon Baines Johnsonは19文字となってAndrew Johnsonの13文字と変わってしまう。
- アメリカの大統領選挙は4年ごとに行われているため、100年後に大統領となっても不思議なことではない。
- 銃を使う暗殺者が相手を確実に殺すために頭を狙うのは当然である。
- 復活祭の2日前、感謝祭の前日は単なるこじつけでしかなく、また金曜日である必然性もないので確率は1/7(2人の殺された日が同じ曜日である確率)となり、さほど珍しいものでもない。
- 100年の差を生まれ年から見るとケネディとリンカーンが違い、議員になった年から見るとジョンソンの2人が違う。つまり100年の差に基準がない、たまたま100年違いだったところを誇張しているだけである。
- アメリカ海軍は就役空母に有名大統領や軍人の名をつけているので、両有名大統領の名を持った空母が就航していてもなんら不思議ではない。他にはジョージ・ワシントン、T・ルーズベルト、ハリー・トルーマン等の大統領の名をつけられた空母が7隻建造されており、ジョージ・H・W・ブッシュもある。(米空母の現在の命名基準は、正しくは、米海軍の発展に多大な貢献・業績のあった政治家や提督の名である。そのため、大統領ではない政治家、カール・ビンソンの名もある)。
とまぁ、いろいろありますが、暇と興味があったら読んでもらえたらとね。
次回も本に纏わるブログにと思ってます。
って殆んど自分の意見なかったですね^^;
ブログネタ・・・なんて皆目ないですが・・・
どうでもいい話をしますかね。
学生の頃(心理学専攻でしたが)から、男の一物(所謂オチン○ンですが)が利き腕と逆方向に位置する
考察なんぞしました。
例えば、右利きだと左の方に向いてるといった具合で。
のべ100名ぐらい聞いたかなぁ・・・
9割強は利き腕と逆方向でした。
それがどうした?って言われても、返答のしようがありませんけれどね^^;
ただ言えるのはボールとか投げた時、身体が左に向いてしまう・・・つまりオンチ○ンもねw
だから逆方向に位置せざるを得ないのかと。
オシッコする時なんぞ左方向にあった方が、楽かもwww
あ、これ卒論にしたわけではありません。 と言うまでもありませんね。
お粗末さまでした。
※ショートショートすぎるショート話。
とある夏の日。
下着売り場である男性が店員に、
「お姉さん、パンツください。丸首のね。」
店員「はぁ?」
男性「やっぱ夏は丸首でしょ、暑いし蒸れちゃうしぃ〰」
・・・・・・
下ネタですみませんでした。
お後がよろしいようで。
いずれまた書き込みます。
明日明後日と天候不順で気温も下がりそうですが、風邪などひかないように気をつけましょう!
初の寄稿がこんなものですみません。
本日、かなりの傷心気味にならざるを得なく・・・
というのも、ここアメブロに入るきっかけのひとつであった某女子が本日を持って、ここを引退なさることに。
ほとんど毎日のように彼女の動静が気になり、朝晩とPC起動するなり彼女の所にお邪魔してました。
(平日は仕事菜もので昼間は形態ですらチェック出来ませんでしたが)
まぁ、片思いっていえばそういうもんでしょうね。
彼女のほんの一面だけしかブログではわからないし、実際にアプローチなんぞともっての外でしたし。
ただここ数ヶ月、何か以前とちょっと変わったかな、このままで大丈夫かなとも思えるほどな内容にもなってたし、
更新のタイミングも微妙に変化してたような気も。
今思えばそういうことも言えるのかもしれませんね。
今後彼女がまた顔出すのかどうかわかりませんが、一年間ありがとう。そしてお疲れ様でした。
ご家族・お仕事・友だち・同僚・そして恋に(これは妬けるなぁ)といい日々をね。
また巡り会えたら幸せです。
お元気で。
という、初のブログでした。
