徒然日記おもいつき -16ページ目

徒然日記おもいつき

2007年5月20日に父が永眠しました。それを機に父のこと等思いついたことを綴ろうと思って始めたのですが、結局ずーっとそのままでした。普段はアクセサリーを作っています。

このブログを立ち上げようとしたのは、丁度父がなくなったからだったと、久々にAmeba開いて思い出しました。

また急に、書きたくなったのは........やはり、先日の東日本大震災が起きたからです。
3月11日は、たまたま家にいて、大きく揺れ始めたので.....あわてて、ポン太を抱き上げました。
揺れも大きかったけど、長かったですね。
すぐ、TVを付けて地震速報を見ながら、母に電話しました。母は子供の頃、古い家に住んでいたので、地震が起きると、後先考えずに家を飛び出てしまうところがあるので、心配でした。
すぐ電話は繋がって、昼間は一人でいる母なので、怖がっていましたが、怪我も無く無事でした。
でも、電話をしている最中にも、次の地震がやってきました。
一体何が起きているのか、自分でも分かりませんでした。
電話を切って、主人から電話が来ました。
家は、何かが床に落ちた音はしていたけど、特にそれ以外は大丈夫でした。
相当な大地震が来たのか......
TVでは、交通機関も麻痺していて、枝野さんが「今日は家に帰らない方がいい」と、言っています。

TVの映像が次々と切り替わり、その映像にいつしか釘付けになっていました。

それから、今日でちょうど4週間になります。
12日は早朝に長野で地震があり、会社に泊まった夫を家で待って、一日が過ぎ、翌日は確定申告のまとめをしました。
14日は急に計画停電導入の話になり、でも実施は15日からに持越されました。
でもその代わりに、各交通機関が運休になったり、特定区間だけの運行になったりして、特に東海道線が完全に止まったのは、びっくりしました。そんな情報は朝まで知らされていませんでした。
主人は、朝いつもより1時間早い、5時10分に家を出て辻堂駅に向かいました。
辻堂に着くと電車は運休で主人は帰って来ましたが、JRも小田急も使えないとなると、湘南台からの地下鉄が頼りと言うことで、湘南台行きのバスが超満員になったそうです。
私も交通機関が使えないことから、全ての予定をキャンセルして、確定申告の資料をまとめていました。
主人は近くのスーパーに買い物に行きましたが、スーパーには物がなく、パンも牛乳も一人1個と制限が付いていたそうです。
夕方になって、JRが東京-藤沢間だけ開通すると言うことになりました。
15日の朝、藤沢に出るのにバスが混んだり、道路の渋滞が予想されたので、主人は14日の夜8時頃タクシーを呼んで、藤沢駅に行ってそこから会社に向かいました。
私は15日の朝3時半まで確定申告の書類を作成してから寝ました。
10時過ぎに税務署に行くといつもだったら最終日は物凄い行列になっているのに、ガランとしていて、しかも12時から小田急が止まるので、小田急線利用者は帰るようにアナウンスがありました。
私は帰りもバスに乗って辻堂に向かいましたが、午後1時から計画停電が始まると言うことでした。

停電は、バサッという無情な音と共に始まります。
私は、停電の為に何の準備もしていなかったので寒いし、直ぐさまベッドに潜り込みました。
この際だから、本でも読もうと出して来たのが、船井さんの「世の中大転換」でした。
このタイミングで何でこの本だったのかは、分かりませんが、読み進めて行くうちにある考えに捕われていました。