『太田光と15人のしゃべり手』ジェーンスーの対談が良かった
radiko15周年を記念し、爆笑問題・太田光さんが人気ラジオパーソナリティ15人をゲストに迎え、"ラジオ"をテーマに深掘りしていく、ラジコ特別オリジナルPodcast番組『太田光と15人のしゃべり手』。4/6の配信ではジェーン・スーさんをゲストに迎え、「言葉」をテーマにラジオの強みと可能性について語りました。****************************私は普段ランニングや通勤時などに、ポッドキャストやradikoを聞くことがおおく、ジェーン・スーさんの番組はよく聞いています。特に「Over the Sun」は大好きな番組で、自分と同世代の女性が抱える思いを沢山くみ取ってくれながらも楽しく前向きに日々を過ごせるような内容です。フリーアナウンサーの堀井さんとの雑談がメインですが、すぐ隣で身近な友達と一緒にワイワイ思いつくままにくだらないことを喋ってる感が、大好き。そんなジェーンスーさんと、太田さんとの対談番組。楽しみにしていました。お二人ともラジオのパーソナリティーを長く務めており、この仕事についたきっかけや、ラジオならではの特性のことなど、テンポよく話していきます。そんな中でとても印象に残ったこと。ラジオは、今のSNSの時代にあって世の風潮と真逆の存在であり、すぐ結論を出さない、ジャッジしない場所、という話がありました。うんうん、そうだね、今の時代って、すぐ正解を求める。不正解なものを断罪する。間違いを許さない。でも、人は間違えるし、「正しさ」だって時と場合によって変化する。そもそも、言葉というものですべてを表せるわけではなく、逆に言葉で切り取ってしまうことで、その奥にある心の動きや想いが違ったかたちになってしまったり、型にはまって受け手に届いてしまうこともある。太田さんはそのことをすごく意識されていて、向田邦子さんの「言挙げしない国」の話、素敵だったな。日本人の特性として、何もかもを言葉で表せるわけではなく、言わない部分を大事にする、という。スーさんも、「行間を読む」話に置き換えてました。他方で、このSNS社会では、「空気を読め」「行間読むな」と真逆が両立する様相・・日本人の、言葉にしないで伝わるふんわりした感性、みたいなのが失われつつある。本当に、そうだなぁと、めちゃくちゃ共感しました。言葉って、感じたことや心の動きや想いを、相手に伝えるための媒体だけど、全部じゃなくて、正確でもない。受け取るほうもそういうものだという理解のもと受け取らないと、別物になってしまう。共通の言葉を用いて、その背後にある言語化できない「想い」がどれだけ姿かたちを変えずに共有できるか。それは相互理解であり、言葉は単純化された媒体にすぎない。その「言葉」の背後にある「想い」が共有できたなって、感じられたとき、人ってすごくつながりを感じたりひとりじゃないって思うのだろうな。20歳頃、親友と将来のことや恋愛のことなど夜通ししゃべりあかしたりしていたあの頃を思い出しました。喋ってる内容がくだらなくてもそうじゃなくても、その言葉以外のいろんなものが伝わってるという実感をもって喋っていた感覚。もちろんすべて理解しあっているかどうかなんてわからないし、勘違いもあるだろうけど、確かな実感もあった。その時の、あー伝わってるっていう感じ、今でも覚えています。lineやSNSで短文をやり取りしたり、電話さえ少なくなった今、そういうコミュニケーションは少なくなってしまったんだろうか。