シンガポール建国の父,リー・クアンユーは、現在、91歳ですが矍鑠(かくしゃく)として健在です。日本ではあまり知られていませんが、アジアの小国の元首相にしては、今でも世界的に知名度も高く存在感のある人物なのです。なかんずく、世界のトップリーダー達の厚い信望を集め、およそ現存する政治家の中では誰よりも尊敬されている(のではないか)、と言われているのです。
その筆頭は中国の習近平主席ということです。同主席は一昨年シンガポールを訪れましたが、その際、首相公邸の玄関先で迎えたのがリー・クアンユーでした。お互いに旧知の仲のようで、習近平主席が腰を屈めて握手をしているところを写真に撮られています。それはまさに敬愛する師父に接する笑顔のようでした。その後、アメリカのオバマ大統領を北京で迎えた折は、日本人には見せたこともない最上級の、折り紙を揉んだような笑顔でしたが、それとは違う作為のない笑顔だったのです。
「わたしが尊敬して止まない政治家はリー・クアンユー元シンガポール首相だけだ」
とこの仮面の表情をした中国のトップは、側近のだれかれにそう洩らしているということです。
リー・クアンユーは1963年イギリス海軍の補給基地に過ぎなかった貧村、マレー半島の先端の亀の甲羅ほどの土地をイギリスから譲られ、マレーシアからも分離独立してシンガポール共和国を建国したのでした。そして、優れた人材を身辺に集め長らく頭に描いていた理想の国家実現に向けて、後に(開発独裁)といわれた強力な一党独裁体制で建国に臨んだのです。
そして現在、誰にとっても魅力的な近代的都市国家を魔法を使ったようにマレー半島の先端、東京23区ほどのジャングルの中の土地に高密度に作りだしたのです。高層ビルが林立し、多国籍企業が犇めき、地下鉄が張り巡らされ、商店街は繁華を誇り観光施設も充実していて世界中から多くの人々を呼び寄せています。
金融立国という狭い国土に相応しい産業で強い経済力を手に入れ、国民は一様に豊かになり、福祉は行き届き、人口は550万人と倍増し、一人当たりのGDPは5万ドルを超え、税制面を他国より有利に設定して多くの他国籍企業や富裕層を誘致することにも成功しているのです。他力本願で高度に経済を発展成長させることに成功した稀有な国だったのです。
公用語を英語、中国語、マレー語、タミル語に設定している事実からも判るように、建国の基盤となったのは中国人、マレー人、インド人、それにイギリス人との混血という四つの人種構成で、シンガポール共和国はスタートしたのです。街の住民のマナーは悪く、犯罪は多発し売春や麻薬など悪徳業者が巷に溢れ、治安は(1970年ころまで)最悪だったのです。
リー・クアンユーは初代首相に就任すると、高等教育を受けたエリート集団を周囲に集め、共に目指す国家の設計図を描いていたといいます。貧困と無秩序で混乱した民生を正し、経済発展を図るには、民主主義は不適で、一党独裁の政治しかないと、それを選択したのでした。そして、法治国家を浸透させるべく警察力を強化し、治安を確立したのです。犯罪に対しては死刑を含めた容赦のない厳罰主義で臨み、反面、多くの人にとって住み良い、清潔でマナーの良い街作りをしたのです。法の下では漢民族主体の政党であっても、すべての民族に公平な権利を保障し、国民の一体感を促し、共に経済発展を目指すと方向付けたのです。
この発展の道程を今の中国の為政者達は「シンガポールモデル」と呼んで密かに手本としているようなのです。(開発独裁)という響きに違和感はなく、中国の実状にも合致するもので、そのためすでに同じ軌跡を辿るよう舵を切っている、ともみえるのです。
習近平主席は、最近内政浄化に向けた一歩と称して、強い決意で「トラもハエも容赦なく叩く」と(汚職追放宣言)をしています。それはシンガポールモデルを実践に移す下準備に他ならないようなのです。共産党の一党独裁政治を是とするには、禊(みそぎ)の必要があるのです。為政者がまず身を正し私欲を抑えるなら、はじめてシンガポールに似せた国家を作る事も可能になるのです。独裁政治で作った国が世界に是認されるにはそれが必要条件といえるのです。シンガポールモデルに不文律として読み取れるものなのです。
中央のトップ官僚から、地方の末端に至るまで、泥沼のように官僚汚職がはびこっている今の中国の現状では、汚職追放と政治の浄化は不可避で、権力闘争にも見紛われても、躊躇う必要はなく、それはまさに、シンガポールモデルに踏み出す第一歩にほかならないのです。
リー・クアンユーは、世界の人口問題にも早くから言及しています。人口の減少と増加に関連して面白い指摘もしています。
日本とドイツが先の世界大戦以来、70年間一度も戦争はせず平和を維持して来られたのは、かって敗戦に懲りたからでも、平和憲法によるものでもない、両国は共に人口減少のためその必要も意欲も失っているからだ、と戦争心因説を退け人口の増減が国の動向の起因であると述べているのです。
「ドイツと日本の合計特殊出生率は現在、ともに1.4人と低く人口回復は(このままでは)望めない、したがって、どちらの国も戦争を仕掛ける必要はなくその欲求も起りえない。日中戦争を勃発させた1931年当時、日本の合計特殊出生率は4.1人に達していて住空間(人口を食べさせるのに必要な農地や産業基盤)が不足して拡大を迫られていた。ドイツの1939年当時の合計特殊出生率は2.6人で、十分に高い数値であったが、さらに第一次世界大戦で国土が多大な損傷を受けていて、住空間は同様に逼迫していた、人口の増加は社会の成長欲求になり、好戦的な気分を醸すもので、まさに当時の両国は当然のように戦争を仕掛けたのだ」と分析しています。
合計特殊出生率とは15歳から49歳までの女性が生涯に産む子供の数で、その平均値で1.5人を切ると人口の回復が難しくなる(国力も減退する)といわれる計数です。(ちなみに現在の日本の合計特殊出生率は1.49人だそうです)戦争の動機を出生率にあるとするなら、日本は当面安全な国となり、中国も(一人っ子政策により)1.18と低めで(計数は疑わしいが)今どこかで戦争を仕掛ける動機は無さそう、ということのようです。
習近平という人物像は、今でもまだ(世界に)よく知られているとは言えませんが、リー・クアンユーを敬愛しているとすると、世評より聡明な人物かも知れません。中国の多くの政治家達とは違って、理性的で、強欲でも利己的でもなければ、シンガポールモデルを実行する当事者になりうるということです。習近平像は少しだけフォーカスされ、見えてくるようです。
追記:この記事は一昨年十月に一度公開したものです。当時りー・クアンユーさんはユーチューブの映像で見る限りご壮健でしたが、昨春3月23日にご逝去されたと報じられています。中華人の夢の実現者でもあるので、中国人にはシンボル的な存在だったのかも知れません。