ひと頃、日本にもアメリカ人のジャパノロジストが少なからずいました。日本に好感を持ち、味方に成ってくれるタイプのアメリカの知識人、有力政治家、ジャーナリストなどで知日派、親日派と呼ばれていた人たちです。その代表のひとりに「ジャパン アス ナンバーワン」を書いたエズラ・ボーゲルがいます。その名前はまだ記憶している日本人も多いと思います。その著書は好評で、長くベストセラーになっていました。ところが、最近というか二十年ほど前から、この著者は改革開放政策を掲げて登場した中国の新しいリーダー、鄧小平に心酔して「鄧小平伝」上下二巻を著作し、ジャパノロジストから変じて中国一辺倒のチャイノロジストになってしまいました。何がそうさせたのか、鄧小平の個人的魅力に翻弄されたのか・・・政治的立場などお構い無しに自己変容してしまったのです。

エズラ・ボーゲルの以前から、アメリカの知識人には「中国の代理人」と呼称された人は何人かいました。その筆頭は、よく知られている通り、キッシンジャー元ニクソン大統領補佐官です。冷戦で敵対していた毛沢東の共産主義中国と最初の和解交渉をした縁かも知れませんが、以後、中国に肩入れして、何かにつけ”理解”を示す政治家となっています。それに続くのはフォード政権時の国務長官のブレジンスキーですが、この人は「ひ弱な花、日本」という日本にやさしい関心を示した著書があり、日本に好意的にみえたものですが、その実、「中国の代理人」ともいえる言動の多い人でした。中国のリーダーには不思議とアメリカ人の好意を掴む名手がいるようです。

「日本の政治研究」で売り出したはずの、文字通りのジャパノロジストだった政治学者のジェラルド・カーティスですが、どこでどう行き違ったのか、今では「中国の代弁者」で日本批判に終始しています。安部政権は右傾化している、尖閣問題は棚上げすべきだ、と中国の意向を代弁しています。今のアメリカ政権内には中国を陰に陽に支援する人材が多く、「尖閣棚上げ」が主流でオバマ政権の期待するところになっているようです。反共がアメリカ国家の不動の国是のはずですが、近年、中国共産党に肩入れしているものが少なくないのです。中国の巧妙なカモフラージュのせいなのか、アメリカ政府も、財界人も、世論のリーダー達も、日和見的に敵味方を取り違えているようなのです。百害あって一利なしに思えるのですが「ひ弱な花の国」日本自身もその自覚に乏しいのかも知れません。

アメリカは長年、反共的政治理念の強い国で、共産圏の指導者の誰かがカリスマ的で魅力的に見えることがあっても、それを根拠にその国の評価を変えることなどありえないことでした。共産主義中国やソビエトロシアや更にはキューバを支持する発言などは例外なく拒否され、容認されることはなかったのです。そうした言動はキッシンジャー以前にはあり得なかったのです。民主主義の通例で数年に一度は政権が変わりますが、昨日の友は今日の敵、などとはならなかったのです。理念は常に一貫していたのです。

今は昔、キッシンジャーの更に前、エドガー・スノーというアメリカ人ジャーナリストがいました。未だ無名で30才の野心家で、駆け出しのジャーナリストで、いつも焦燥を抱いていて、何か一発勝負でジャーナリズムに名を成したいと考えていたようです。あたかもその時代、世界で最も注目を集めていた地域は中国でした。その中国をまさに国家として統一しつつあったのが「中国の赤い星」毛沢東だったのです。それまで中国のことなど何も知らなかったスノーでしたが、どうすれば無名の自分を売り込むか、算段はあったようでした。毛沢東にインタビューする・・・それが叶えば、一挙にジャーナリズムの寵児になれるかも知れません。


毛沢東について調べ、学び、やがて毛沢東賛美論者となり、小さな通信社に雇用されて中国向けジャーナリズムにデビューしたのでした。詳細は省きますが、毛沢東のほうにも彼のインタビューを受け入れる地合いがあったと思われます。清王朝壊滅後の混乱した中国を共産主義というイデオロギィーの下に統一しつつあったのですが、その時、ちょうど軍事的に蒋介石に押されて長征といわれる内陸部に逼塞した時期でもあったのです、起死回生を模索していたタイミングだったのです。新米とはいえ、スノーはアメリカ人だったので利用価値が十分あると思われたのでしょう。西欧に向けてのプロパガンダの必要性は痛感していたのです。そう考えたのは毛沢東ではなく周恩来だったかも知れません。毛沢東の片腕で智謀の人でした。

エドガー・スノーは招聘されて毛沢東とインタビューを成功させたようです。そして、記事を書き、周恩来の期待以上に毛沢東を気高い理想主義者、私利私欲のない人物、国民をかってないほど思いやる、人道主義者、と美辞麗句で謳い上げたのです。革命初期の数百万単位の自国民殺戮、地主、経営者、商店主、教職員、医師、弁護士・・その他知識人すべてを、拷問して撲殺、銃殺、などで殺戮したことなどまるでなかったように匿して、「中国の赤い星」毛沢東物語は書かれていました。


毛沢東革命時の殺戮を伏せた代償に、スケープゴートにしたのが、南京の日本兵で、彼らのことを銃を持った野蛮人、女子供をレイプし虐殺し日本刀を振り回す野蛮人、その凄惨さは目を背けるばかり、と書きたてたのです。スノー自身は勿論、南京にいたことなどある筈がなく、日本兵もおそらく見たみたこともなかったでしょう。あたかも英米が日本の中国侵略を国を挙げて非難していた時期なので、スノーの創作プロパガンダは広くジャーナリズムにのって伝えられたのです。日本は独自の哲学で、真実は語らずともいずれ解る、と孤高の理論で、何の反論も反キャンペーンもしなかったのです。


ハリウッド映画がアメリカインディアンの野蛮、残虐、頭の皮を剥ぐ、など針小棒大の詐術で一方的に貶めていた時期がありましたが、悪意のプロパガンダはいつもそれなりの効果があるのです。スノーの不要の言葉遊びがいまだに尾を引いて日本の悪評の源流になっているのです。その事実くらいは今からでも遅くないので修正キャンペーンをするべきかも知れません。最近繰返されている習近平主席の日本批判もどうやらそれを根拠にしていると思われるからです。世界では提示されたものだけが真実になると日本人も気付くべきでしょう。


昨今の中国情勢をどう思うのか、エドガー・スノーは北京大学の一角(和名、三四郎池)のほとりに人知れず眠っているということです。訪れるものもない異国の地ですが、彼の渾身の著書「中国の赤い星」Red Star Over China も色褪せ、肝心の(一般)中国人に顧みられることはなくなっているようです。諸行無常。