今回は大河ドラマの1シーンがとても良かったのでつぶやいてみます。

青天を衝け 第12回 5/2(日)

焼き討ち計画実行の話し合いで、長七郎が涙ながらに栄一たちを説得するシーンが圧巻。
JWがよく使う「真の」という言葉はあまり好きではないが、真の友はこうであってほしい、あるべき姿を見たような気がします。

良かった点
①それぞれが、日本のことや友・家族のこと(将来)を思い、自分で真剣に考え議論する姿。
②長七郎が「こんな子ども騙しの愚かな謀はやめるべきだ」と声を荒げた時、反発したものもいたが、なぜ長七郎がそのように考えるのか発言する機会を与え受け止めた。
③「無駄死にするなと言ったのはお前ではないか。お前たちの尊い命を犬死にで終わらせたくねぇんだ。なぜそれが分からねぇ」という長七郎の言葉に、栄一たちは己の間違いに気付き、計画を取りやめた。
④武士の真田は別の道を行く。

①これが基礎となる姿かと。JWも「終わりの日」視点だけでなく、この現実的な視点を含めると良くなるのではないか。
②自分の考えを、それも人生をかけてきた考えを間接的にでも否定されると、誰でも反発したくなるものですが、相手の意見を聞く姿勢がなければ成長もない。
JWにはこれが欠けているので問題が生じるのだと思います。
③友に言われた大切な言葉を覚えていて、長七郎自身が軌道修正し、今度はその友がそれを忘れている重大な時に気付かせてあげた点が素晴らしい。
己の間違いに気づき・認め・正せることは素晴らしいことで、大きな成長に繋がっていく。これこそ本物の謙遜さだと感じる。
JWには基本謙遜な人は多いが、②で躓くので、そもそも間違いに気付けず、③の本物の謙遜も示せず、結局虚しい実を刈り取ることがあるのだと思います。
④友からの真実を知らされたとしても、別の道を行く人がいたというのも、よい教訓だと思います。
一番ダメなのは、真実を知ろうともせずに、自分が信じた道を盲目に突き進もうとする高慢な精神態度。
そして、何か間違いがあったとしても、責任は地上の組織を導いているイエスまたはエホバが取られるという無責任な態度。
無責任だからこそ②で躓くのだと思います。
また、自分だけ信じるのならまだ許せますが、教理を他の人に教え、「真の○○」という言葉を使うのであればやはりあり得ないな、とつくづく思います。