黒のポートフォリオ
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俺の住む町には嘔吐ポストと呼ばれる、ちょっと変わったポストがある。気持ち悪い手紙が投函されると「オ゙エ゙~」という大げさな効果音をつけて容赦なくその手紙を吐き出すのだ。吐き出される手紙の多くは、いわゆるラブレター。投函主は顔を真っ赤にして吐き出された手紙を拾い、その場から走り去る。だが彼らはまた新たな恋文をしたため、懲りずに嘔吐ポストに投函する。何故って、それはそのポストが受け付けたラブレターの成功率が100%だと言われているからだ。
夜中の2時、俺はもう5日連続で家をこっそり抜け出して嘔吐ポストに通っている。入学式に一目惚れして以来、6年間ずっと思い続けたマドナちゃんに自分の気持ちを届けるためだ。嘔吐ポストの採点が厳しいせいで(いや、マドナちゃんのせいか)眠れない日が続いている。いい加減しんどい。だから今夜は、この手紙が吐き出されたらこの気持ちはもう封印しよう、そんな決意を携えてポストを訪れた。ポストの口へ手紙を滑り込ませる手がいつも以上に震えた。吐き出されたらどうしようと思った。同時に、吐き出されなかったらどうしようとも思った。「オ゙エ゙~」無情だった。俺は虚しくアスファルトに散った6年分の想いを拾い、そのまま嘔吐ポストにもたれて座り込んだ。
「コッケコッコー」非常にわかりやすい朝の知らせで目が覚めた。どうやらポストの前で寝てしまっていたらしい。しらみかけた空を見上げる。ポストの上に伸びた桜の枝先には大きなつぼみがついていた。春の匂い、みたいなものすら感じてしまった。どうせなら桜の散る時期に恋を終わらせたかった。俺は立ち上がり、もう一度だけポストの口にそいつを入れようとした。「おはよう」背後から聞こえた春風のような爽やかボイスに驚き、咄嗟に手を引き振り返る。「お、おはよう」そこに立っていたのは学年一のモテ男、ペキヲくんだった。
「ペ、ペキヲくん、早いんだね。ここ、通り道?」「あ、いや、今日はたまたま早く起きたから、ちょっと遠回りして学校へ行こうと思ってね」「そそそそそうなんだ」「ところで…」ペキヲくんの視線は完全に俺のラブレターに向けられていた。「それはひょっとしてラブレター?」もうおしまいだ…いや、それならばいっそ…!「そうなんだ。実は5日も続けて出したんだけど全部吐かれちゃってさ。あの、もしよかったら…これ直してくれないかな?きっとペキヲくんなら素敵なラブレターが書けるだろうから」「ちょっと見せて」俺はまず宛名を見られるのが恥ずかしくて目をそらしたまま手紙を差し出した。「マドナちゃん、か…」黙って頷いた。ペキヲくんは手紙を受け取るとランドセルから鉛筆と消しゴムを取り出し、ポストの側面を下敷きにして修正を加えた。俺はもう恥ずかしくて恥ずかしくて黙って俯いていた。
「できた」ほんの数十秒だった。「やっぱりラブレターなんてペキヲくんにしてみりゃ朝飯前なんだね!ありがとう!」「いやぁ…じゃあ出してみるよ」「うん!」ペキヲくんのきれいな手がポストの口へと運ばれる。心なしかラブレターまでもが、まるで俺のものではないみたいに輝いて見える。ファサッ。「・・・」嘔吐ポストがついに手紙を受け付けた。「すごい!すごいやペキヲくん!一体どこをどう書き直したんだい!?」「…差出人の名前を僕の名前に…」「…え」「ごめん。僕もここ数日、毎朝挑戦してたんだ。だけど今までラブレターなんて書く必要なかったからどう書いていいかわからなくて…で、君のを読んだらあまりにも僕の気持ちを上手に表現しているものだからつい…」
「コッケコッコーコッケコッコー」朝の使者どもの声が俺たちの沈黙をひたすらに埋めていた。俺が聞きたいのは、あの大げさな「オ゙エ゙~」だというのに。「…あ、咲いた」気まずさからか空を見上げたペキヲくんが呟いた。俺も見上げる。「…あ、ほんとだ。春が来たんだね。おめでとう」