ノロノロ台風がまだ近くに停滞していますが

雨も風もなく、少し暑さが落ち着いてます。



台風にシフトを翻弄されている間に怒涛の8月が終わってました笑



みなさま、いかがお過ごしでしょうか?



1日の始まりにゴールを決めたら

誰かの言葉も行いも

全てはゴールに向かうための

潜在意識からのメッセージになる。



素直に、

誰かの言葉や行いを受け入れられない時は

自分の「価値」が脅かされるという

思い込みがある。



という記事を前回書きました。



さて、今回の台風10号

過去最強と言われ、不安になった方も

いらっしゃるのではないでしょうか。



私も色んなことを考えておりました。



不安になることも

怖いと思うことも

悪いことではありません。



ただ、不安や怖さから

なにか行動を起こす前に

まずは

自分が不安を感じていること

怖いと思っていることを認めます。



言葉を声に出しても構いません。



あー不安だなぁ

怖いよー



と。



災害に合うということは

目覚めるチャンスでもあります。



実際に合わなくても

画像や動画として目にするだけでも

目覚めることもあります。



東日本大地震のときを思い出してみると

想像をはるかに超えた災害を目の当たりにして

「いつ終わるかわからない人生」について

多くの方が改めて自分に問い

悔いのない選択を行動し始めたキッカケとなりました。



その結果、離婚や結婚が増えたとも言われています。



何もない平和な時に

もしも災害が起きたからこそ

もしも災害に合ったからこそ



その先に私は何を思うだろうか?

何に気づくだろうか?



ということに

気づけたなら災害は起きる必要がなくなります。



つまり

災害によってもたらされる目覚めを

災害がなくても目覚められたなら

災害は起きる必要がなくなる

ということです。



停電すれば

電気のありがたさを、

そしてどれだけ電気に頼って暮らしていたかを。



水が止まれば

水のありがたさを



怪我をすれば健康に生きていることの

ありがたさを



食べるものがなくなれば

簡単に食べ物を手に入れられることの

ありがたさを



家を失えば

住むところがあることの尊さを



痛感することでしょう。



もっと〇〇だったらいいのに



という不平不満は

「ないもの」を見ることに偏っている時に

生まれます。



ないものを数えればキリがなく

不平不満が消えることはありません。



そして、当たり前に「あるもの」は

当たり前だからこそ見えにくく、気づきにくいものです。



見よう!気づこう!としなければ

わからないものです。



食べるものがある

住むところがある

大切な人がいる



当たり前だと思っていることが

当たり前ではなかったのだとわかる

その時、

もっと大切にすればよかった

もっと感謝すればよかった

と思うのではないでしょうか。



激しい雨音と風の音を聞きながら

そう思い、あーー幸せ!

と目を瞑るといつの間にか

眠っていました。



それでも災害に合うというなら

今の私では気づくことが出来ない何かに

気づくためなのだろう、と。



あなたは台風の夜に

どんなことを思いましたか?