(=⌒▽⌒=)
平成9年3月生まれのちゃちゃ姫(14歳)
先日のマッサージで 足腰が丈夫になり、元気になりました。
人間も犬も、血行を良くすれば
元気になりますね
ちゃちゃも 疲れました。
もうお歳ですから。(平成9年3月生まれ)
健康長生き 愛犬マッサージ1
健康長生き 愛犬マッサージ2
対談です
こんなの初めてで、緊張してます
あまりあがらない私ですが。
麗顔マッサージ デビューです。
ヾ(@^(∞)^@)ノ
10月2日 朝 8時
電話が鳴りました。
主人が,でてくれました。
私は予約の電話と思っていましたが、---。
Nさんの奥さんからの電話 連絡でした。
Nさん一家との出会いは、二年前にさかのぼります。
当時34歳のNさんが、 当院に来られました。
※家族:奥さんと小さな子どもさんお二人(5歳・0歳)
私の治療院に来られた時は、私立病院でがんの治療を受け手術もされて胃も切除されていたようです。
奥さんの話では、そちらの病院では手の施しようがないので。
余命2カ月とか言われたそうです。
なんとか、鍼灸治療で治りませんでしょうか。
家族みんなで 、私に頼ってきていただきました。
正直なところ、私には 無理だからお断りしようと思いましたが、Nさん家族の悲しみの目が、
消極的な私を 動かしてくれました。
「やる以上は、私の指示に従っていただきます。」
「わたしも二人の子供の親です。」
子供さんの気持ちを考えると胸が詰まります。
そして、わたしたちの治療が はじまりました。
まず私は、食事が取れなくなった。
Nさんのお腹を中心に治療をしました。
人間は 食べれなくなったら死ぬんです。
当たり前のことですけど、人間は愚かだから、病気になってから気づくものです。私も一緒ですけど
Nさんが、健康だったときは 車がすきで ヤンチャばかりしていたそうです。
車に乗っても スピード全開で 命知らずに走っていたということです。
お酒も 浴びるように飲まれていたらしいです。
でも、余命何カ月といわれてから、考え方 生き方が 変わっていったように思います
そして、Nさんの生きようという気持ち 何のために生きたいかという目標が、
病気を おさえだしたのです。
そして、Nさんは、2か月を超え、半年を超えました。
その後、検査でも 白血球の数が増えて良好な状態が つづきました。
Nさんは当然 働けないから 奥さんが がんばって 治療費を稼いでおられました。
Nさん家族も 車で ディズニーランドに行けるようになりました。
そして 子供ちゃんが 先生 おみあげ と来ていただけるようになったのです。
このときの 喜びは、言い表せません。
Nさんが治療に来た時、娘が学校で 七夕さんの「たんざく」に
「お父さんの病気を治してください。」と 書いてくれたそうです。
うれしいですね。主人も夕食のときにその話をしたら 号泣でした。
今年の年賀状には、こどもちゃんたちが お姫さまの服と白のタキシードをきて 微笑んでいました。
それからも、ちょくちょく治療には 来ていただき 私自身 死の影を 忘れていました。
家族で旅行を されて みんなで食事を された時は 病気を忘れて 食べられて
翌日 当院に駆け込むこともあったのです。
家族と 楽しく食事を とるために、がんばって食べていたのでしょう。
東洋医学も 勉強され 「人は おぎゃと生まれた時から 死へ向かっている」とか。
また、「生きるために私たちは、多くの命をいただいて 食事をしていること」
そして今年に入ってからは、がん患者さんのシンポジウムで 多くの方の前で体験談を話されていました。
人生を充実しているようにも 思えました。
そんなになっていたのに。
主人から、奥さんの伝言を聞きました。
9月24日に亡くなられたそうです。
そして 最後まで うちの治療院に 行きたいと おしゃて下さっていたようです。
電話の向こうで、子供ちゃんがはしゃでいる声が聞こえました。
子供さんたちは お父さんが 亡くなられたことを 理解してないそうです。
もうじき、ただいまと帰ってくるのだと思っているみたいです。
奥さんも、なくなられてから、数日間は 何をしていいかわからず 連絡が遅れました。
同じ病気を もつ方に 勇気を持ってもらいたいと「ガンシンポジウム」で話された時の
Nさんの「命の輝き」を忘れず、これからも 治療をしていきます。
そのあと、奥さんから電話を いただきました。
「また、時間ができたら 治療院におじゃまします。」
奥さんの声から、前を向いて 歩いているように 感じ取れました。
沈んでいた私が、恥ずかしいですね。
Nさんの 思いを胸に がんばります。
↑1日3個のクリックをしていただけるとたいへん励みになります。











