2019振り返り。
去年のとの出会いからの体験はいろいろ濃かったーー最近のもやもやで全然、去年のことを整理できてなかったんだなと思い書いてみる。。。2月気によるオーガズム。自分は全然わからないながらも一緒に受けた女性達の反応に驚きこれは、、新しい性の仕事が出来るかもしれない。男性にも、女性にもできるし着衣のままでできる!と嬉しくなるが。自分は一向にわからない。3月ゴンベイさんと出会いオーガズム整体を受けチャクラの練功をして帰るも触れられたことのなんとも言えないモヤモヤがのこる。しかし練功をして帰ったその日の夫とのタントリックで自分の反応と感覚を得る。4月練習会でのタントリック擬似、乱行大会のようになる。夫の導きで複数からの手置きを受けたり通常セックスのような体位での練習が始まり、結果、私も夫も悲しい気持ちになったので私は手置きスタイルの徹底を心がけるようになる。やっている時は、楽しかったり心地よい時もあるのだけど後から気持ち悪さがやってくる。だけど、まだまだ先があるのでは5月対、女性ならいいのでは?と思い、セッションを重ねる。反応はでる。6月もう一度、タロさんに会いに行き、セッションをうけ、まわってると言われ安心しつつ7月そして、てんつくマンと出会い、てんつくマンにタントリックを伝える。(きっとここで、女性を簡単にいかせられる技!的に伝わってしまったのだと思う)てんつくマンはすぐできた。てんつくマンがタントリックヒーリングをタントリッククリーニングと改名。オリジナルセッションとして展開。私はタロさんに申し訳ないことをしたと思い、てんつくマンにタロさんのセッションを受けてもらう。8月全国でのワークショップツアー。よろこびの声と共にいろいろ問題が起こる。タロさんから、タントリックヒーリングという名前を使わないようにと伝えられる。夫がグアムでの大麻解禁の情報からグアムでのタントリックワークショップをしたいという言葉から誤解が生まれたのと私自身が子どもを預けっぱなしの状態でワークショップなどをしていたためタロさんからほぼ絶縁される。9月私自身も、ワークショップ中に泣いてしまったりワークショップは中止される。てんつくマンは全て遠隔に切り替える。子どもを夫に預ける事に限界がきてヨーロッパ行きを断念私はその時、セッションに来てくれた男性を好きになっていた。10月どうしていいかわからなくなる。やってばかり、いかせてばかり、、と思っていた。そして、夫から愛を受け入れる事ができなかった。夫が好きかわからない。愛してくれないと責めていた。整理出来ない出来事、男性とのセッション、、女性に味合わせてしまったかもしれない気持ち悪さや悲しみ。自分で自分が大事に出来ているのか。自分が何をしてるのか。夫に話しても、上手く伝わらないと感じていたあれこれを毎回、泣きながら伝えていた。その人は、愛について、自分を大事にする事について私より知っていると、私は感じていた。タントリックワークショップのツアー中、気の張りすぎで誰からのハグも、安心できなくなっていた私は彼からのハグでとても癒されて泣いた。てんつくマンがワークショップをやめ遠隔に切り替えたあと、私はタントリック、、この事は女性から女性へ穏やかに伝え合うのがいいと考えるようになり女性限定のワークショップを開催。もともと、風俗をしていてもっといい性仕事がしたいという思いがあるため男性へのセッションにはこだわって続けていた。11月私は彼といたかったので家に招いて、子供と夫と共にしばらく暮らした。そして、夫にまぐあいを断られた後に彼の部屋に行き、彼と寝ているのを夫に見せてしまった。夫は彼を殴り、私とも話す事になったがその時、私は笑っていた。なんだかニヤけてしまった。肩の荷が降りたような感覚と3人でやってみたいという気持ち。もしかしたら、2人から愛されたら私も、愛を感じられるかも。やる側じゃなくて、受け入れる事が出来るかも。そんなふうに感じていた。結局、彼の方も、夫の方も私に他の好きな人がいるというのは嫌だということがわかった。ポリアモリーではなかった。そのことがあった次の日山田鷹夫さんとゆかりさんに見守られつつ離婚届けを書いた。私は、夫が離婚、としか言わない事が嫌だった。もっと感情を伝えて欲しかった。悲しいとか、寂しいとか、嫌だ、とか。伝えてくれないとわからないと思ったし常にそれがわからないから気を使って、夫の気分を読んで、慰安しているような気持ちになったりそこからセックスをしているような自分になっているのが、うんざりだと感じていた。離婚届けはその時は出さなかった。夫はキャバクラのボーイのアルバイトを辞めた。12月冬になってお餅つきが始まり(夫婦でしている仕事)忙しい時期だけど、去年はほとんど予約が入らなかった。私は焦った。私が仕事しないと。。そして、性の仕事がしたい。お餅の事があると(夫とずっといると)自分が何をしていいかわからなくなったりとてもイライラしていた。離れたいと思い、前々から喧嘩のたびに言っていた家賃や光熱費を私の父が出しているのはおかしい。その自分の感覚をまずは守ろうと思い夫に家賃や光熱費を払わないなら出て行って欲しいと伝えた。2月結局、それはずるずると実行されないので私が一月程出ていき、夫達が出て行くまで帰らないと伝えて夫達は田舎の友人達の家に移った。4月そして私は始めて実家での一人暮らしを始めた。夫からは、出して無かった離婚届けを出そうと言われ、一緒に出した。その後、富士山の友人宅に遊びに行きお互いの感情を話し合いそのまま新潟の山田鷹夫さんの家に行った。そこで夫は癒されているようだった。5月かれこれ、10月から、私はセッションをどうするか、迷ったままだった。夫と離れてみて、自分の感覚がはっきりする感じがして嬉しかった。自分由来の事が進んでいく。二人でしたいを手放した。ひとりじゃできないと思ってた。彼との出会いで、何かしなければならない!という感覚が薄まった事もある。本当に自分が悦べることで心地よく出来ることで、性の仕事ができていく。夫がタントリック的ワークを自分のワークの中に取り入れると言われてモヤモヤするのだけどそれは、自分が本当にしたい事と違うという道しるべなんだと思えた。さあ、これから。何もしない、自分を愛する時間の中からもう一度、産まれてくる。今度は、自然と湧いてくると思う。悦びの中から。全ての経験に、ありがとう!