こんにちは
酢飯(4)です。
今日はななはメニューでした。
今日はドルフィンがあまり進まない日で、メインのIMがつらかったです。お腹にうまく力が入ってなかったんだと思います。
昨日は良い感じだったので、W-upのやり方とかを探して再現性を高めていきたいです。
お題に答えていきましょう
「もし明日地球が滅亡すると言われたら、最後の晩餐に何を食べたいか」
まず、否定しておきたいんですが、酢飯のエピソードは嘘です。
ラーメンの話は割とほんとうですが。
この世の中には嘘の情報が出回っています。
フェイクニュースに騙されない知性、それこそが現代における「文系の知」です。
情報が洪水のように押し寄せる現代社会。私たちは日々、真偽の定かではない情報の渦に飲み込まれています。巧妙に作られたフェイクニュースは、時に社会を分断し、人々の心を惑わせ、健全な民主主義さえも脅かします。この見えざる脅威に対し、私たちはどのように立ち向かえば良いのでしょうか。その答えの一つが、物事の本質を深く洞察する「文系の知」にあると言えるでしょう。
フェイクニュース対策と聞くと、多くの人はデータ分析やファクトチェックといった理系的なアプローチを思い浮かべるかもしれません。もちろん、客観的な事実確認は不可欠です。しかし、それだけでは十分ではありません。なぜなら、フェイクニュースの多くは、単なる事実の誤りだけでなく、人々の不安や怒り、願望といった感情に巧みに訴えかけてくるからです。
「なぜ、このような情報が今このタイミングで流布されているのか?」
「誰が、どのような意図を持ってこの物語を作り出したのか?」
「この情報の裏には、どのような歴史的背景や社会構造が隠されているのか?」
こうした問いを立て、情報の背景にある文脈(コンテクスト)を読み解く力。それこそが、歴史学、哲学、文学、社会学といった学問を通じて培われる「文系の知」の真骨頂です。
文学作品を読むとき、私たちは行間に込められた作者の意図や、登場人物の心の機微を読み取ろうとします。歴史を学ぶとき、私たちは一つの出来事が持つ多様な側面と、それが後世に与えた影響を多角的に考察します。哲学は、私たちに常識を疑い、物事の根源を問う批判的な思考力を与えてくれます。
これらの知性は、フェイクニュースという「物語」に隠された欺瞞を見抜くための強力な武器となります。扇動的な言葉遣いや単純化された善悪二元論に惑わされず、その情報が誰かの利益のために巧妙に構築されたものではないかと立ち止まって考える。自分と異なる意見の背景にある論理や感情を想像し、なぜそれが一部の人々にとって魅力的に映るのかを理解しようと努める。
このプロセスは、単なる情報の真偽判定にとどまりません。それは、複雑な人間社会そのものを理解しようとする知的営みです。多様な価値観が交錯する現代において、一つの情報に対して距離を置き、その意味を深く問い直す批判的な精神。それこそが、フェイクニュースの濁流に飲み込まれず、自らの思考で航海を続けるために不可欠な羅針盤となるのです。
情報リテラシーが叫ばれる今、フェイクニュースに騙されないことは、単なるスキルではなく、より良い社会を築くための市民的教養と言えます。そして、その根幹をなすのが、人間と社会への深い洞察力に裏打ちされた「文系の知」に他ならないのです。
気をつけていきたいですね。
ほんとうに質問に答えましょう。
地球が滅亡する日に何を食べるか、現実的に考えていきます。
まず考慮しないといけないのは、誰が料理してくれるのか、ということでしょう。
地球最後の日にバイトなんかしたくないですよね。
ほとんどの飲食店は営業していません。
星々の光さえ地表を拒む、終焉の日。
生命の灯がすべて消え落ちた街の、その中心で。
死んだように並ぶ店の骸の中、たったひとつ。
まるで夜の闇に抗う最後の生命体のように、そこだけが光を灯していた。
誘蛾灯めいた黄色い看板の下からは、暴力的なまでの湯気と、嗅覚を殴りつけるような背徳の香りが漏れ出てくる。
たとえ空が落ち、大地が裂けようとも、己が信じる一杯を作り終えるまでは決してここを動かぬ。そんな太古からの約束を守り続ける番人のような親父が、黙々と麺を茹でている。
ということで、最後の晩餐は二郎に決定しました。
シミュレーションしたので間違いありません。
カップラーメン部門だと蒙古タンメンです。よろしくお願いします。
さて、お題にも答え終わったので次の人のお題です。
そういち(2)くんのお題は
「練習中何考えていますか?特に人を◯す眼のとき」
です。
メイン中とかで集中しているとき、良い眼をしていることで有名👀なんですよね。
写真貼って終わりにします。
ラーメン翔
同期会?
画竜点睛


