徳修館の内部、祭壇の部分です。
毎年秋には釈菜(せきさい)の儀が行われ、孔子様の生誕を祝います。
孔子様の故郷 曲阜の大成殿では毎年9月に孔子祭りが行われています。
孔子の子孫が200万人いるということからも、孔子祭りの盛大さが覗われます(孔子誕生は紀
元前551年9月28日)。
釈菜の儀とは、いろいろ約束事があり難しいようですが、徳修館にはその際の器が
並べられていました。
古代の礼式なので意味を書いて下さっており、わかり易いです。
簠fu ほ 粟か米の飯をもる器
簋gui き 白餅、黒餅、菜をもる器
籩bian へん カヤの実又は柿をもる器
豆dou とう せり、にら、もば、梅干しをもる器
爵jue しゃく 酒をいれる器
当時の器で爵は面白い形をしています。
論語のなかに、孔子様の食べ物に関しての話もなんか多いようですね。
わたしは、この額に字を「在好」と読んだのですか、どうでしょうか?
「好处」と違うのでしょうか?
陳列棚にこれがありました。竹簡に論語が彫ってあります。
右側の孔子さまは、講義しているようにみえます。
竹簡の長さは45~50cm程度で幅は約1cm、簾状につなげてあり普段は巻いて
おくのでしょう。巻物です。長さに1m~1.5mあったとおもいます・
非常に読みやすく精巧で感心しました。
それにしても、いつ誰が作ったか気になりました。
徳修館の陳列棚に、この論語の本があったので¥200で買って帰った。
閑谷(しずたに)学校と書いてあるではないか?
閑谷(しずたに)学校は岡山藩池田光政公が1670年に創立した学校で、徳修館と同じ
性格の学校である、聖廟もある。
しかし、その歴史といい、規模といい閑谷(しずたに)学校は現在の大学規模である。
徳修館は、高等学校規模程度かも知れぬ。
とにかく、徳修館に閑谷学校編の「あいうえお論語」があったということは、藩校同士の
つながりか、孔子様のつながりか?。
今日の終わりは、この本の3ページ“あ”から
「子曰,過而不改,是謂過矣」 衛霊公 第15
過ちて改めざる、是を過ちと謂う。
え~、あ~ぁ 、現在の日本のことも2500年まえから言い当てている!?!?