こんにちは!境界性パーソナリティ障害とADHDを持ちながら精神科看護師として働いている豆腐です!
今日が初めての投稿なので私の境界性パーソナリティ障害について書いていこうかなと思います。
私は境界性パーソナリティ障害と診断されたのは18歳の時でした。どうしても妄想や自傷行為が止まらず受診して診断されました。診断は18歳でしたが多分13歳くらいの時から発症してたと思います。私の症状は主に自傷行為(リスカ、皮膚むしり、爪噛み、性行為、過度な飲酒、OD)や彼氏や親しい人に対する異常な妄想、怒りっぽさ...などはあると思います。基本的に私は彼氏や親など身近な人間にしか症状が出ない傾向があるかなと思います。例えば彼氏が浮気してるんじゃないか、彼氏が私から離れるんじゃないか、見捨てられるんじゃないかなどを想像するとものすごい不安に駆られ、自傷行為を見せつけたり、自殺をほのめかしたりしてました。今となってはだいぶ良くなりましたが、その経過をお話ししたいと思います。
13歳-14歳
初めて中学生で彼氏ができました。別に好きでもなかった人でしたが、処女を捨てたくて付き合いました。処女を捨ててから、すぐに別れてその人に執着してしまい、別れてからも学校終わりあとをつけたり、しつこく連絡したりしていました。その人が私の前から消えることがすごく怖く人生の終わりのように感じました。それ以降何人か彼氏ができましたが、毎回嫉妬や執着がすごく相手を困らせてしまうことが多かったと感じてます。(その時は自覚なかった)彼氏がいる間も何股かかけたり(彼氏がいない不安を消すため)して精神的な安定を図ることが続いていました。そんな私だったので、当然学校ではいじめられて距離を他人に置かれることが多かったです。そのせいでもっと孤独感が増してその孤独を埋めるために男に走るという悪循環が続いていました。うちの家庭は一度親が離婚していて再婚している感じでした。再婚後も母は遊びまわることも多く、おばあちゃんに面倒を見てもらってました。仲は悪くありませんでしたが、拭えない孤独感がありました。
15歳-16歳
15歳の時から3年間付き合った人がいました。その人とはなんだかんだうまく行っていましたが高校受験ということもあり、精神的にあまり安定せず、15歳の時初めてリスカをしました。初めてリスカした時はなんだかすごくホッとして、その感覚に依存してしまいました。そして周りのみんな(家族や彼氏)が心配してくれることがなんだから嬉しくて、その後も何度かやってしまいました。その後味を占めてから彼氏に自殺を仄めかしたり、またリスカするなど脅して心配してもらいこまらせることが癖になっていきました。今では自分で癖になっていたと自覚できますが、当時はただただ必死でそんな自覚もありませんでした。当時の彼氏はすごく優しかったので毎度そういう私のめんどくさい試し行動にもかまってくれていました。高校受験は第一志望には行けませんでしたが、無事高校に進学することができました。高校に進学し、彼氏とは別々になり、だんだんと寂しさが増し、その寂しさを紛らわすために出会い系なので男を探してむこうみずな性行為をいろんな人と繰り返して、彼氏とは別れることになりました。
17-18歳
彼氏と別れることになり孤独を感じる最中、高校で新たな彼氏ができました。その彼とは1年半くらい付き合いました。最初はうまく行っていましたが、彼が私の要求を聞いてくれないことが多く、マイペースな人だったため、私が爆発することが多くなりました。クラスの人とカラオケに行ってくるとかご飯に行ってくるとかも当時の自分は許せず、鬼電をしたり、泣いたり、自殺を仄めかしたり、すごく大変な時期でした。それに加えて大学受験の勉強もあったため、精神が安定せず、彼を困らせることが増えました。とうとう彼も痺れを切らしたのか同じクラスの女子と浮気をして、その人とは別れることになりました。この浮気が自分がより人間不信になる出来事の一つでした。(自分も浮気したことがあるのに、何を言ってるんだという感じですが)
18-20歳
大学は第一志望に合格し、また新しい彼氏ができました。この彼は私のメンヘラ具合についていけず10ヶ月程度で終わってしまいました。その後病んでしまった私はキャバクラを始めることにしました。そしてそのキャバクラで出会ったひととセフレのような関係になってしまいました。その人の家に入り浸り、依存的な関係になってしまいました。お酒にも手を出し、その人といざこざがあると吐くまで酒を飲むのがルーティンでした。その彼はモラハラがひどく、DVなどを受けたこともありましたが、一緒にいたい気持ちが強く、離れることがなかなかできず、自分もよりおかしくなっていきました。大学も留年し、人生のどん底でした。この時初めて自分の不調に気づき精神科を受診する流れとなりました。何度か通院しそこでもらった診断が境界性パーソナリティ障害、ADHD(軽度)、双極性障害、でした。境界性パーソナリティ障害は基本的には投薬治療を行わないので、双極性障害の薬を出されました。出された薬は双極性障害の症状に対してバルプロ酸Na、イライラした時や気持ちが抑えられない時用のペロスピロンとリスペリドン、眠剤としてデエビゴをいただきました。治療を行いある程度コントロールできるようになり、大学にも通えるようになり、そのセフレの彼とはお別れする流れになりました。
21歳-22歳
通院がきっかけで、自分が病気だという自覚を持つことができ、自分の認知の歪みに気づくことができるようになってきました。イライラしたり、妄想などをしてしまったら紙に書いて整理することを初めてから、より自分のおかしい思考に気づき少しづつ良くなってきているように感じていました。薬が効いていれば大丈夫という感覚が自分の中にはありました。ですがキャバクラでバイトをしていたため、毎日お酒が入っている状態が続いていました。それが良くなかったのか、お酒がないと気分が上がらず辛い状態が続きました。お薬で落ち着かせてるとなおさら鬱っぽい感じを感じるようになり、お酒を飲むことで気分を上げることが癖になり、大学が終わった後一人で酒を朝まで飲んだり、時には酒に抗精神薬や眠剤を大量に混ぜて飲み、気絶したように何十時間も寝たり、お酒が自分の精神的な健康を害していきました。大学の看護の実習のストレスやバイトのストレスもあり、お酒と薬がやめられない日々が続きました。それを精神科の医師に話しお酒を控えるように言われましたが、なかなかやめられず、そんな日々が大学4年の春まで続きました。自分でも流石にまずいとおもい、お酒を家に置くのをやめて、しっかり薬を容量通り飲む生活を続けました。実習も終わり、国家試験の勉強が始まったタイミングでお酒を飲む回数も必然的に減っていき、メンタルも安定してきました。
23歳-
大学を5年かけて無事卒業し、就職も決まり、自分が精神的に辛かった時もあり、辛い気持ちに寄り添いたいという気持ちで精神科に就職しました。
現在はお酒もほぼ飲まず薬も眠剤(デエビゴ)以外はやめました。断薬がいいか悪いかはわかりませんが、今のところ1年近くフラットな状態が続いています。自分的には薬に頼ることも大切だと思いますが、ODなどに繋がったり、薬の副作用でアカシジアやボーッとすることがおおく飲んでいる方が不調になっていたので、飲まないことに決めました。境界性パーソナリティ障害は薬よりも自分自身の思考を正すことのほうが大切に感じます。補助的に薬を使うのも効果的ですが、自分はODなどに使ってしまうため逆効果だと感じました。年齢とともに少しずつ境界性パーソナリティ障害の方は落ち着いてるように感じます。今後何かが原因でまた精神的に病む可能性もありますが、ナースとして正しい知識を持ち、精神的に自分自身をサポートしながら、生きていこうと思います。
長くなってしまうのでだいぶはしょりましたが、詳しいことはまた追々書いていきます。