時代考証家 山田順子の東奔西走とうほんせいそう

時代考証家 山田順子の東奔西走とうほんせいそう

私の職業は時代考証家です。本業の映画やテレビの時代劇を制作する以外にも、現代のいろいろな問題に興味がわいてきます。時代考証の話はもちろん、好奇心いっぱいで東奔西走し、八面六臂する姿をこのブログでは、ご紹介したいと思います。


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毎日のようにブランチを食べている代官山の「GARDEN HOUSE CRAFTS」
東急東横線が地下に潜ったため、その線路跡地を活かして作った新しい散策路「ログロード代官山」にあるパン屋カフェです。
「ログロード代官山」が開業2周年を記念して、連休初日に開催された「クラフトマーケット」
その中で、「GARDEN HOUSE CRAFTS」の軒先を借りて、ちゃっかり『信州真田の郷のめぐみ』ブランドのタンポポを売っちゃいました。
本業の八百屋さんの橫に居候です。

日頃、真田の郷のめぐみをお裾分けしている中で、スタッフの皆さんが美味しいから売ってみたらと勧めてくださった結果です。
もちろん「タンポポって食べられるの?」というお客様のために、タンポポサラダの試食をたっぷりご用意いたしました。
「GARDEN HOUSE CRAFTS」のシェフが考案してくださったタンポポサラダのための「オレンジ味のドレッシング」と「リンゴとマスタード味のドレッシング」です。
食べた人は「タンポポってこんなにおいしいだ!」と言ってビックリされていました。
春の野草独特の苦みと、ドレッシングがマッチングして、いい味を出してくれました。
2日間の販売でしたが、どちらも予定時間よりも早く完売してしまい、買いそびれたお客様には、ご迷惑をおかけしました。
タンポポも美味しかったけれど、私の売り口上が面白くて、買った人が多かったのでは?という批評もあり、
どちらにしても、楽しくて美味しいタンポポ販売でした。
「タンポポは、フランスでは春のサラダの代表です。
パリのマルシェに行くと、山積みにされたタンポポが売られています。
冬の間に溜まった悪いものを、タンポポの苦みが流してくれると言います。日本でもタンポポは利尿や快便に効く漢方として食べられていました。(苦いといってもクレソンやルッコラくらいです)
今回販売するタンポポは、信州真田! そうです『真田丸』の故郷、430年前、真田幸村が耕していた畑で収穫されたタンポポです。
(嘘ではありません!
 『新説真田三代ミステリー』の著者が保証します)
3月まで雪が残り、これから一斉に花が咲きます。花が咲くと、葉が固くなるので、食べるならこの1週間が一番おいしい時期です。
さあ、食べたり食べたり!!!」
 

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東京のソメイヨシノが散り、一週間遅れで、信州上田のソメイヨシノが散り、さらに一週間遅れで、上田市の山間地にある真田や矢沢のソメイヨシノが満開になります。
今年は、4月22・23日の週末がまさに満開でした。
また、信州古来の桜といえば、枝垂れ桜があります。その名木たちもソメイヨシノより数日早く満開になります。
そこで、今年は22日に上田市で街歩きの活動をしている「ゲートウェイ信州上田城下町」主催の「矢沢を歩く会」の案内役として参加しました。総勢40人を超す大盛況となり、さすがに声が大きい私も大汗ものです。
まずは、私が上田市内で一番、美しい桜の風景として推奨している矢沢の良泉寺の枝垂れ桜です。
花はまさに満開! 今年もいい写真が撮れました。
今回は主催者が事前にご住職様にお願いをしていてくださったので、寺の歴史などの説明をしていただきました。
『真田丸』効果もあって、昨年から参拝の方が増えたことや、私のブログを見てお花見に来られる方が出てきたと伺い、うれしくなりました。
これでやっと、矢沢にも観光の風が吹いてきたようです。
その後、江戸時代に矢沢を領していた旗本・矢澤家の屋敷跡に建つ、櫓(現在のものは自治会の倉庫として建てられたもの)を見学。まるでお城の櫓のような風情に、皆さん感動してくださいました。
ここで、サプライズ!今回は「真田丸」にも登場した矢沢薩摩守頼綱公の御子孫も参加していらっしゃたので、矢沢家の現状などをお聞きすることができました。

最後は、矢沢城址に登って、お昼を食べて、解散です。
 
さらに、翌23日は「真田三代語り部会」の会員の皆さんとのお花見です。コースは前日と全く同じ。一人でも多くの方に、矢沢の桜を見て欲しくて、あえて私が仕掛けたルートです。
二日続きに拘わらず、良泉寺の上野良幸ご住職がご案内くださいました。
その後、矢沢城で花見の宴。この会は、会員の持ち寄りということで、ご馳走のオンパレード。皆さん、車なので、お酒が飲めないのが残念そうでしたが、十分盛り上がりました。
解散後、一部の会員と、大急ぎで立科町芦田へ。
ここのお目当ては、蓼科神社の裏山にある桜です。一本ポツンとありますが、なんとも言えない風情が大好きです。

古木ですが、樹齢が? それが、良泉寺の枝垂れ桜が樹齢250年くらいだとお聞きしたので、それから推計すると、樹齢は400年もしくはそれ以上かも!
日没ギリギリでしたが、今年も満開に合えて、本当に幸せでした。

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東京に住んで45年も経ちますが、江戸一番の桜の名所といってもいい、上野山でお花見をしたことがありません。
この時期はなにかと忙しく、上野に来ることはあっても目的地に一直線、ましてやちょうど満開に出会うなんてこと、ほとんどありません。
今回は、偶然できた時間を利用して、初めて上野山全山を巡りました。
まず、いつものコースとは逆に、JR御徒町駅方向から出発です。
山に向かう前に広がるのは、不忍池です。

池は、上野の寛永寺を東の比叡山と見立てたことで、その麓に琵琶湖を模して人工に造った池です。池の中央に弁天様を祀る弁天島を配し、その向こうに上野山が横たわるいう構図です。
そこで、なんとスーパーモデルに出逢いました。

池にカメラを向けていたのですが、その前に一本の邪魔な杭があるのです。この杭なんとかならないかなと思っていると、そこにさっと登場したのが、「ユリカモメ」別名を「都鳥」といい、古典文学でもお馴染みの超有名な鳥です。
それが、頼んでもいないのに、カメラの前に。手ぶれでピントボケをしないように、カメラを固定している私を意識してか、頭を傾げたり、橫を向いたりと、いろいろとポーズを変えながら待っています。
さて、準備OKで、シャッターを切ろうとすると、カメラ目線で、ピタリと動きを止めてくれました。

なんというモデルぶり。しかも何回かシャッターを切るたびにピタリ。ズームにするとまたピタリ。まるでカメラマンの指示通りに振舞うモデルのようです。
そして、こちらが一通り撮影して、しかも写真の出来を確認して、「よっしゃ!撮れたぞ」というと、さっとどこかに、飛び去ったのです。
このまるで、スーパーモデルさながらの都鳥。
さすが、「都の鳥」として、親善大使の役目を立派に勤めています。
不忍池から長い石段を上がって、上野東照宮へ。

門も社殿も金ピッカです。日光の東照宮が極彩色なのに対して、上野は金一色です。ただ、残念なことに、昨日まで桜祭りのために出店していた屋台の片付けが行われていたのですが。なんと、その残骸が建てられかけているのは全国の有力大名が寄進した石燈籠。その建立年号をみると、「慶安」(1648~1652)なんと350年前のものなのです。境内が狭いとはいえ、文化財価値がある石灯籠の間で屋台とは、さすがの東照権現様もビックリです。
東照宮から西郷隆盛像のある方向への桜並木は、人また人!
しかも半分以上が外国人らしいのです。
もちろん、皆さんスマホを片手に。
東照宮の次は、この上野山の起源ともいえる寛永寺へ。
江戸時代は、この山がすべて境内だった寺も、今は東京芸大の裏にひっそりとあります。屋根に輝く金の葵の御紋と、桜が江戸の繁栄のよすがを伝えます。
さて、最後は、今回上野山に来た本来の目的です。
東京国立博物館で、4月11日~6月4日まで開催される特別展「茶の湯」の内覧会です。
日本文化の真髄で、近年海外からの関心も高い「茶の湯」に関する名品が、ずらっと並ぶというのです。
もちろん、今話題の「曜変天目」も展示されていました。
私も茶道を8年ほどやりましたが、奥が深すぎて挫折しました。(足がしびれて、挫折かな)
でも、あまりにも見学者が多くて、根気よく並ばないと見られないのです。並ぶのが、大嫌いな私は、また挫折して、ほとんどパス。
もったいないことですが、やはり、詫び寂びは静かに拝見したいので、
後日出直すことにします。
という訳で、本当は勉強にきたはずの上野山で、一日楽しいお花見をしました。
私が解説を書いた『絵解き 江戸名所百人美女の粋な暮らし」(淡交社)の中にも手習いの女師匠が、弟子の子供を連れて、課外授業で上野山で花見をしている絵があります。

まさに、そんな一日でした。