ある日の西安爆撃に際して、こんな事もありました。当時西安市街は、下から猛烈なる機関砲の射撃を受けるので、「重爆撃機は高度二千メートル以下では爆撃しない。軽爆撃機は千五百メートル以下では爆撃を実施しない。」と、出発前に中隊長から言われました。

 やがて中隊に出動命令が出て、第一中隊中村編隊九機は、威風堂々と運城飛行場を離陸しました。その時私の飛行機には、毎日新聞の記者が同乗しておりました。従って、後方の座席には記者の方と射手が搭乗しているわけです。予め記者さんには、「本日の爆撃行は下から盛んに射ってきますので、その時にはお知らせします。機関砲の曳光弾が火を吹いて飛んでくる光景をよく見てください。」と、申し上げておきました。

 滝関を過ぎた頃より雲が低く垂れております。編隊長機は機首を稍々左に向け、高度を下げ雲下に出ました。高度は約千メートルであります。本日は爆撃を断念して引き返すのかなと思いましたが、その気配もなく、西安市街に向かっての直進です。

 やがて市街が見え、爆撃合図の赤旗が振られました。市街上空進入直前から、敵高射機関砲陣地からは猛烈な攻撃であります。曳光弾が火を吹いて前後左右と機翼をかすめて上空に飛び去って行きます。私は急いで伝声管を握り、記者さんに対して、「唯今盛んに射ってきましたので外を見てください」と申し上げ、後方を振り返りました。記者が顔を上げて外を覗いた瞬間、曳光弾が機翼をかすめる様に飛んできたのです。この光景に驚いた記者は、首を縮めて座席にもぐったきりであります。

 猛烈な弾幕をついての爆撃も終了し、全機無事で飛行場帰還の途につきました。そこで私は又記者さんに「本日は物凄かったでしょう。よく見ましたか。」と何回か尋ねましたが、飛行場に到着する迄、遂に返事はありませんでした。

 着陸後、やっと生気を取り戻した記者は曰く、「兵隊さん、あなた方は神経が通っていますか」。呆然とされていたその姿が、今も瞼に残っております。北支では何十回となく出動しましたので、その日の爆撃目標によって、「あゝ今日は下から盛んに射ってくるぞ」と、事前に判ったものです。