応用体操1,2(卒業写真貼より)
私的制裁。その理由如何を問わず、内務班長の意に添わない事あらば遠慮なしにビンタの往復である。ある時など、軍事教練が終了し解散したので、銃を庁に掛け物乾所に行き、自分のを含めた洗濯物を手に持てるだけ抱えて内務班に持って行った。手入れ台の上にそれらを置き、その中から自分のを探している時に内務班長が来られた。いきなり、「個人主義だ」と言ってビンタをとられた。私は他人の洗濯物まで持てるだけ持ってきたのに、なにを誤解したのかこの有様である。余程事の真相を説明し言い訳しようと思ったが、言い訳をすれば、「言い訳なんかするな」と再びビンタをとられるので、心の中で泣き乍ら我慢したのである。私は何も悪いことをしていないのに、なんで殴られなければならないのか。この時ほど、内務班長殿をどれだけ憎く思った事か。
当時内務班長は、兄弟一族四名が航空隊に奉職し、名誉ある○○家として新聞にも載る程であった。内務班長の弟さんも少飛一期生として入校していたし、その弟さんも近く航空隊に入隊するとのことであった。それはそれとして、内務班長を憎く思っていた同僚が一人いた。私と同じく、内務班長によく殴られていた。ある日、『○○曹長 夜間飛行中行方不明』と新聞に出た。浜松飛行場から所沢飛行場まで夜間飛行訓練中の出来事であった。数日経って、富士山麓に激突殉職と発表された。この時同僚と、もう二度と殴られることもないなと語り合った。不遜ながらざま見ろと素直に思ったものである。やがて、盛大に葬儀が学校葬として執り行われた。
内務班長も新しい方が任命された。この方は決して殴るようなことはしなかった。諄々と口で説明し、納得ずくで話された。私達は、水を得た魚のように急に元気づいた。
応用体操3とフープに依る運動(卒業写真貼より)

