まえがき
父、保が六十一歳で鬼籍に入り、早くも三十有余年が経とうとしている。いつしか私もその年齢に追いつき、追いついたとたんに大病を患った。昨年(2012年)九月のことである。幸いにして一命はとりとめたが、そのことが私に事を急がせた。死が訪れる少し前に父が突然書き出したメモ書き的な手記と数多の写真や勲章、そして、親戚や知人・友人の名前などが寄せられた特攻隊員が身に纏う絹のマフラー。それらを長兄から預かり、整理を任されていたのだ。そのマフラーだが、残っていなければ、長兄(徹)は在っても次兄(稔)や私はこの世には生まれていない。一度は出陣式まで終えた神鷲特攻隊第二百六十七隊だが父は残った。詳しい経緯を直接に父から聞く機会はもはや失われたが、漏れ聞いた話の断片などを後に紡いでみたいとも思う。
そうして資料の整理を進めているなかで、同時に整理を進めていくうえでも、これらを公表していくことに考えが至った。いったいどれだけの人々の眼に留まるかはわからないけれど、小さな小さな歴史の歯車のひとつとしてその時代を生きてきた無名の者がここにも居たことを紹介しておきたい。それは、改めて生命の繋がりの不思議を感じている私の務めのようにも思えるからだ。 ※以下斜体の文章は筆者(隆)が記すものです。

