ある光景が浮かぶ。

 

 2018年春、それこそ僕にとっては最後の卒業生を送り出し、もう戻ることもないだろう学校現場をあとにし、時をおかずに九州へと旅立ちました。昭和から平成へと移行した元年に、僕は一度は教師を辞めたのですが、当時の悔恨は、今はほろ苦い刹那と化しています。悔恨はないのですが、それに代わる多少の喪失感。

 バイクを駆って、阿蘇を越え、天草の島々を巡り、思い入れがある水俣にも立ち寄り、薩摩川内の沖合に浮かぶ甑(こしき)島にフェリーで渡りました。甑島には、なぜだか憧れのようなものを抱いていて、一度は釣行に訪れたいとも思っていたのです。  島には一泊の予定でしたが、あいにくの悪天でフェリーが出航できなくてもう一泊を余儀なくされました。一日遅れて乗った上甑島からのフェリーは下甑島に寄港します。

 その下甑島の港には、おそらく島民のほとんどではないだろうかと思うほどの老若男女大勢の人たちが集まっていました。そして、中学生らしき子供たちが何枚かのプラカードを掲げています。船上のデッキには四、五人の男女の生徒がいます。それぞれのプラカードには個々人の名前や高校名、「輝く星となれ」などの文言が書かれてあり、やがて下からは激励の声が飛び交いました。それに呼応するように、船上からは、送られる生徒一人ひとりが大声で決意めいたようなものを表明します。たくさんの五色の紙テープが両者を繋ぐかのように揺れていました。そして、出港。

 島には高校はなく、もちろん九州本土への毎日の通学も不可能ですから、船上の彼らは島を離れて、寮か下宿かはわからないけれどそこに住まいして、全く新しい生活を始めるのでしょう。

 卒業生を送り出したばかりの僕も、心の裡で精一杯のエールを彼らの門出に贈りました。

悪天が与えてくれた、忘れられないさまざまなものが凝縮された場面です。