16.
その日俺は、真佑に会わずに帰った。
正しく言えば、会わなかったのではなく会えなかったのだ。
真佑の怪我の事実を聞き、バレーができなくなってしまったことを知った俺は真佑に会わせる顔がなかった。
辛くて救いを求めていた真佑に対し、努力は必ず報われるからと無理して頑張らせたのも、あの日事故にあったのも全て俺が関わっていて、もっといえば俺はそもそもの根源といっても過言ではないと感じた。
そのため俺には、言葉では表現しがたい罪悪感と責任感が重くのしかかり、今にも押し潰されてしまうような思いであった。
翌日、俺は大学に入学してから初めて授業をサボった。
正確にいうと学校には行ったが、真佑のことが頭から離れなかったと同時に、今日の授業は全て出席を取らないということが俺を助け授業に出なかった。
そして英雄を呼び出し、今こうして河原で待っている最中である。
「なんだよお前授業サボって」
少しすると英雄は息を切らしながら走ってきた。
「悪い。ちょっと話があるんだ」
「話って…?」
「まぁ、座れよ」
英雄は状況を全く読み取れずに口をぽかんとさせていたが、何も言わずにそっと腰を下ろした。
「話って真佑のことか?」
「ああ」
英雄は、俺が授業をサボったことと、自分を呼び出し話があると告げたことで大方の予想がついたのだろう。
俺たちはこれまでの付き合いのおかげで、一から話さなくてもある程度お互いを理解することができている。
それが、英雄と長く培ってきた友情というものなのかもしれないと感じた。
「真佑さ、大丈夫じゃないんだってさ」
「は?だって一昨日会った時いつもと変わらず元気だったし、真佑も大丈夫って言ってたじゃんか」
「あのあとの精密検査の結果が、良くなかったんだってさ」
「ってかなんでお前がそんなこと知ってるんだよ」
「実は昨日、一人でまた真佑の所に行ったんだ」
「なんで」
「一昨日、真佑は時折儚げな表情を見せていたんだ。だから俺たちの手前では心配かけないように明るく振る舞ってて、実はなんか隠してるんじゃないかって……」
「それで、真佑はなんて?」
「会えなかった」
「は?」
「エレベーター降りた正面にガラス張りになってる遊び場あったの覚えてるか?」
「ああ」
「俺が降りたら、真佑がそこから外見ててさ。その後ろ姿がすごい悲しさとか寂しさとかを帯びてて、近づけるような感じじゃなかったんだ。そしたら、一昨日真佑を迎えにきた若い看護師いただろ?その人が俺に声かけてきてさ」
俺が話してる最中、英雄は一時も俺から目を離さずしっかりと話を聞いていた。
「杉野さん、昨日あなたたちが帰ってからああなのって言ってて……それで、真佑の怪我のこと聞いたんだ。本当に大丈夫なのかって」
「それで……?」
英雄は固唾を飲んで俺の次の言葉を待った。
「そしたらさ……」
ここまでは昨日の流れをスムーズに説明できたが、いざ本題に入ろうとした時中々次の言葉は出なかった。
俺の頭の中では次の言葉はもうすでに決まっているのに、それが声としては出せず喉が震えるだけだった。
もしかしたら、俺はその言葉を言いたくないだけなのかもしれないとも感じた。
俺はまだ、真佑が指を切断しなくたはならないこと、またそれによってバレーすらも辞めなくてはならなくなってしまうことを受け入れられなかった。
そんなのはただの絵空事ではないかとか、先生が悪い、もっと腕の良い医者なら切断せずに済むのではないかと思っていた。
俺が英雄にこれを話すことは、この至極悲惨な現実を受け止めてしまうことに繋がる。
そのため、声として出すことを自然に体がブレーキをかけているのかもしれないと感じた。
「なんだよ……」
話したくはなかった。
信じたくはなかった。
出来ることなら、自分の中だけで止めておきたかった。
しかし、話さなくては何も始まらない。
勇気を振り絞って、ガタガタと震える声で必死に言葉を紡いでいった。
「真佑さ、左手の親指と右足骨折してるかもって言ってだろ?右足は、すねの部分にひびが入ってたり靭帯を切ったりしてるんだけど、それは時間がたってリハビリにしっかり励めば大丈夫なんだ」
「ってことは、問題は左手の親指に?」
「ああ。骨が粉々に砕けているらしい。それでもっとまずいことに、それが指の関節と関節の間に入り込んでるって」
「ってことは、手術しなくちゃいけないのか?」
「そうなんだけど、骨を取り除く手術じゃないんだ」
「は……?」
英雄の目は先程よりも大きく見開いた。
英雄は察したのだろう、俺がこれから言わんとしている悲惨な現実を。
英雄は俺のもとに近付いて胸ぐらをつかみ、普段は決して見せない鬼のような形相で俺を睨み付けた。
歯軋りの音が聞こえてきそうになるほど、英雄の表情には力が入っていると同時に強張っていて、俺のシャツを掴む英雄の手は痙攣しているかのように小刻みに震えていた。
「嘘だろ?嘘だよな敦!!」
耳が痛くなるほど大声で語りかける英雄に対し俺は何も言うこともできなかったし、英雄の目すらも見ることができなかった。
そのかわりに、一筋の涙が俺の頬を伝っていき、渇いたコンクリートの土手の一角を潤した。
「そんな……」
英雄は俺の胸ぐらを掴んだまま俯き、今度は全身を震わせながら涙を流し始めた。
「なんで…なんで真佑が…」
「もしそうなれば……真佑はもう……バレーができない」
このことは言葉にしなくても英雄はわかっていたのかもしれない。
一番耳にしたくなく、一番理解したくないことを言葉に出した俺に、英雄は苛立ちを覚えたのだろうか、「くっ」という強い歯軋りの音ともに俺の頬をグーで殴った。
俺はそのまま土手に倒れたままただただ涙を流した。
もはや俺には、起き上がる気力すらない。
「ちくしょーーー」
英雄はここらへん一帯に響き渡るような大声で叫んだ。