先日何気なくテレビを見ていたら顔真卿のことをやっていて、そうだよねと思い出してしまいました。
2月にタイに行く前に見ておきましょうということで上野山に行ったのでした。
顔真卿の祭姪文稿が展覧会の珠玉の目玉でした。
中国から蒋介石とともに台湾に運ばれて今は台北の故宮博物院に大事に保管され、海外ではワシントンのナショナルギャラリーで公開されたのみと聞いていましたが、今回上野に来るというので国内外で話題になっていました。
中国本土では見られないのに日本に持ち出すとはという非難の声もあったようで、中国人も一生のうちに一度は見てみたいという思いを持つ人が少なくないと言われていました。
館内に入るとそのうわさにたがわず観客の半分は中国人という感じでした。
中国人にとって第一の書と言われる王羲之の蘭亭序などの真筆が唐太宗の陵に一緒に葬られ、今に伝わっていないことからこの書はおそらく現存する中国第一等のものととらえられていると思われます。
顔真卿は唐の廷臣で、文官でありながら安史の乱に際して唐朝のために義兵を挙げ、安禄山に抵抗を続けた忠臣であり、東晋の王羲之と並ぶ能書家です。
パソコンでも使う文字の明朝体はこの顔真卿の楷書をもとにデザインされたものです。
顔真卿の一族は安史の乱で多くが戦死しますが、祭姪文稿は乱で非業の死を遂げた一代下の親族を追悼するための弔文の草稿であり、哀悼の激情もあらわに記された名筆です。
杜甫が國破山河在 城春草木深と詠んだのもこのころですね。
会場ではこの作品だけは待ち時間があり、見る段になっても立ち止まらずに見ろということでしたが、今ここで顔真卿が書き上げたようにみずみずしく生命力にあふれるものでした。
展覧会は写真撮影が不可で、唐玄宗の撰文と書による泰山の紀泰山銘の大きな拓本が唯一撮ってもいいよということでした。
それから思い出すと、ちょうど二年前に西安に行ったのでした。
一日は碑林博物館のためにとってあって、歴史的によく知られた石碑をひねもす鑑賞したものでした。
初唐の虞世南、欧陽詢といった現在一般に用いられる楷書を確立した書家の石碑にもこころひかれましたが、なんといっても顔真卿の石碑が多くあり、感動しました。
(顔氏家廟碑)
なかでも顔氏家廟碑は圧巻でして何時間もこの碑の前でたたずんでいました。
この碑の拓本を立派な本にしたのを碑林博物館が出版していて帰りに買ってきました。
(顔勤礼碑)
(多宝塔感応碑)
二つの機会とも忘れられないよい思い出となりましたが、それにひたるだけでなく新しいタイ行きの算段もしようと思っています。













