だんごは、川越でも江戸時代から愛されたファストフードだ。
今でも、川越のだんごは、大きくて、歯ごたえがあって、生醤油の
付け焼き、いい匂いがして、つい手が出る食べ物だ。
川越藩の領地が、大半水田だったので、米の生産が多く
その米は、城下に集められ、取引が盛んだった。明治になっても
近郊の米は川越の米市場で取引され、まちは賑わっていた。
余った米は、だんごにされ、人々のおやつ代わりやお茶受けに
重宝されて、人気の食べ物だった。
今、川越のだんごは、1串100円前後で売られているが、本格的な
昔ながらのだんご屋は少なくなって来た。
さて、だんごは、1串に4個挿されている。江戸の昔、4という数は
死に繋がるとして縁起の悪い数なのに、なぜ1串4個が江戸で
定着したのか、探ってみよう。
江戸時代、丸めただんごは、1ヶ1文(寛永通宝1枚)の相場だった
ので、1串3ヶでも5ヶでもよかったのた。ところが、明和5年(1768)
寛永通宝1枚で4文の銭が発行された。所謂「4文銭」だ。
目ざとい江戸商人は、何でも4文銭1個で買える「4文屋」を開いた。
今の100円ショップかな。だから だんごも1串4個でないと都合が
悪いとしで、だんごは1串4個とした。以来だんごは1串4個が
一般的となった。
1串4個でないだんご、串にささないだんごなどは、また、あとで。




































