片付いている。
今月8日、がんばりぬいて、自分は治ると信じ続けた信念の人は
とてつもなくおだやかな顔で
眠りについた。
すい癌には珍しく、痛みは最期の一日だけしか
訴えることはなかった。
モルヒネを投与し始めて一日と経たずに
いつ、いったのかわからないほど安らかに
深く深く 眠られた。
主訴は「だるさ」で、吐き気も、痛みも、ほぼなかった。
だからこそ、きっと「だるさ」は想像を超える苦しみだったと思う。
けだるさで身の置き場がなく、小さな音さえ煩わしく、入院中の点滴や計器が
どれほど負担だったかわからない。
すい癌がわかったのは昨年11月30日。
約9ヵ月間の闘病だった。
ほんとうに がんばっておいでだった。
すべてのことを、信じて、信じて、我慢して、我慢して、
生きて生きて生ききった 日々だった。
わたしはその人を
自らのもうひとりの父として
心から尊敬し、愛していた。
つたわっていたのだろうか?この想いが。
その日、病室にかけつけたわたしの目の前には
つい数分前になきがらとなったその人がいた。
義母が泣き声でその人に言った。
「あんた、大好きな人が来たよ。ほんとうに、大好きだったもんなあ!」
「あんたの為に今まで来させなかったけど、会わせてやったらよかったなあ」
「あんた、ごめんね」
わたしは、それだけで十分。
わたしを大好きでいてくれた。義母の口から出たその言葉だけで。
最後にその人と話した時
わたしは
「お父さんに会いたいです。きっと会いましょうね」
と伝えた。
ほんとうはお世話をしに行きたくて仕方なかったけど
嫁としてわきまえねばならないこともある。
後悔はしていない、最後の日々を、家族水入らずで過ごしていただく選択をしたこと。
でしゃばらず、わたしは家族の陰で見守り続けた。
その家族のすべてを
わたしは陰で 見ていた。
それが、わたしの役割だったのだから。


