かなり更新が遅れてしまいすいません
仕事やプライベートがかなり忙しく中々かけませんでした
暑いですね。皆さん夏バテ気をつけましょう

前回のブログで28歳の10月の話でしたってこと言うの忘れちゃった


入院し、点滴10パックくらいかな?打った

三日間くらい点滴繋がれていた

おかげで手とかみるみる変わっていきました



水分がたくさん入った感じ??むくんだのかな?
でも、顔もカサカサで骨と皮から水分補給された感じ


それはかなり実感できるほど。みるみる変わっていった。
毎日朝昼夜は看護婦さん来て点滴変えたり採血されたりと忙しい
採血は1日だけ、12回打つ日
というのがあった腕はヒリヒリするし痛いし
看護婦さん数時間おきにくるから寝れないしもー最悪

注射何回すれば終わるの・・・とずっと思ってました
入院したけど、病棟が病棟で、私は病室が空いてなくて
違う患者さん達と一緒でした
自分でトイレなどが行けない年配の方ががほとんど・・・
よく病室の中でトイレをされてる方が多かった。
28歳耐えられなかった。。。
匂いとかあったし音も聞くのもごめんなさい・・・・・だった。
もう1人はよくおしゃべりするおば様。
この方とは仲良くなれた
わたし人懐っこくてよかった
夜運ばれてきたおばあちゃんはうなったり叫んだり本当に怖い。
ホラーだからwww目がギラギラ。
寝れない休めない。このダブルパンチ

旦那に電話してイヤホンだけど・・・・・こんな中寝れないアピール

そして、1番の問題は食事。三日間は点滴ご飯
カロリー制限あり
1日1200キロカロリー。少ねー

わたしは好き嫌いが多い。
魚、チーズ、その他もろもろ・・・
病院食は辛かった。嫌いなものも食べなきゃだし
1番辛かったのは青菜のスープ。
青菜オンリー。味付けなし。青菜の味だけ。
本当これは限界で泣いた。
これから先こんな食事しか食べれないのかと思った。。
旦那、母には八つ当たり。
お腹空いてるし、病棟は最悪だったし。。。
空も飼い始めたばっかりで会いたい。
晴にも会いたい。
旦那は毎日写真を送ってくれた
頑張れる!!と思ったけど・・・
ここだけの話し入院したのは家から徒歩2分程度の所。。
点滴がとれて何日かたった頃
限界が訪れ1度家に少しでもいい。。と思い
15分くらいだけど抜け出した。。
少し会ったら落ち着いた。
先生と話して退院の日にちが決まった。
ほかの人よりも早く帰れると。
でもねwww会う度会う度先生に帰りたいとしか言わなかったって言うのもあるけどwww
地獄の12日が終わった。
旦那毎日来てくれた。たまに旦那のお父さんも来てくれた。
お母さんも毎日来てくれて洗濯やいろんなことしてくれた。感謝しても本当にしきれない。
ただ心残りなのは旦那のお母さん。
LINEも1度も来ず。面会も1度も来なかった。
言いたい事はたくさんあるけどいいんだ。
いろんなことあったけどいいんです。。
それよりも私のお母さんも辛かったと思います。
なんで自分の娘がこうなったのかとかいろんなこと考えたんじゃないかな。
でも、私は母を恨むことは一切なく
なぜかと言うと
たった5%以下の確率なのに産んでくれたこと
感謝しかなかったし、今まで運が良かったのも
私のいい所と思った。
たった数パーセントで産まれたことは
奇跡。
産まれてこなければ
母や父や姉や兄とも家族になれなかった。
そんなの寂しすぎる。
私は大好きな家族の所に産まれてきてよかったんだ。
この家族の所に
産まれた意味がなにかあるんではないかと
考えるようになった。
どれだけ、きもちわると言われようが関係無いわたしは家族が大好きだ。
だから、家族に何かあれば必ずすぐに会いにいく。
直ぐに駆けつける。
恨みなんか何一つない。
そのおかげでいろんな人に会えた。
友達も同じくらい大事。
暑苦しい性格かもしれないけど
どんな時でも駆けつける
自分を犠牲にしてもいい
次は退院後編!!退院してからが大変だったんだけどね(´・ω・`)
ではまた



