再 開 | 独創的未来の創造と発見

独創的未来の創造と発見

創作活動と建築現場の独自調査・省力工法、等を紹介します。

説教泥棒行灯情話(せっきょうどろぼうあんどんじょうわ)


【あらすじ】
  説教泥棒『弥七』が入った長屋の住人『三太』は耳口が不自由だった。そうとは知らない『弥七』は、延々と説教をする。そして・・・明け方近く『弥七』は『三太』が耳口が不自由なことに気づく・・・
  その『三太』は30年前祭りに行った夜、行方知れずになった『弥七』の子であった。


【ジャンル】

  ■喜劇


【物語の構成】

  ①皮肉にも幸せの絶頂の中で悲劇に襲われる。

  ②皮肉にも泥棒に金ではなく、心を奪われ泥棒稼業に足を踏み入れる。

  ③皮肉にも泥棒に入った先が行方が解らなくなっていた子供の家だった。

  ④皮肉にも子と再開する。


【登場人物】
  ■弥七 55才~60才
■三太 30才位


【若手歌舞伎役者さんの為に書きました。】
  ■アトリエ公演・研究公演等の場合、著作権フリー及び目的に応じた補助金を助成します。


【劇場】
  ■地下劇場等アトリエ公演等が良いかと思います。


【舞台装置】
  ■上下布団・行灯


【小道具】
■和手ぬぐい・草履・出刃包丁


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時は、慶応元年(1865年)江戸時代にさかのぼる。江戸日本橋人形町大橋通から清州橘通りに抜けると芝居小屋『橘座』があった。


『橘座』の芝居興行が掛かると、橘通りに面した店所(たなどころ)は活気に溢れ行き交う人の晴れ姿が目立った。


興行は1ヶ月の内、日に昼夜2回、21日間行われるのが常設で、十日目に中日(なかび)を迎えその日は休演となる。演目は歌舞伎物の『人情もの』が主であった。


 木戸銭を置き、中にはいると客席は満席だった。立ち見客が出る程小屋の中は一杯だった。


 「チョーン、チョーン、チョーン、チョン、チョン・・・・」と、『柝(き)』(拍子木)を打つ音と共に常式幕(黒・柿・萌葱色の3色ストライブ)が下手から上手へとあき始めた。客の期待が拍手にこめられ万丈の拍手と鳴り響く、幕があききった所で・・・・大きく「チョン」と、一つ『止め柝(き)』が打たれた。


 芝居のはじまり・・・はじまりぃってぇところだ。


 『ボォーン・・・ボォーン・・・』という丑三つ時(午前2時半頃)を告げる鐘の音と共に暗い舞台に装置が浮かびあがった。舞台は長屋の一角、一人で寝ている中年の男『三太』演じる中村菊之條に夜を演出したスポットが当たった。客の割れんばかりの拍手が鳴った。当時、中村菊之條は、4代目で年は50才前、役者として一番油の乗った時であった。そこに頬被(ほおかむり)りした盗人役を演じる『弥七』、3代目中村菊五郎が下手(舞台に向かって左側)後方の花道から登場した。本日の役者は親子の競演である。これまた、割れんばかりの拍手である。
 
 盗人の『弥七』は、『三太』の住む長屋の一角に、抜き足、差し足でやって来た。そして戸締まりをしてない木戸を静に開け土間から、そうっと部屋の中を見回しながら草履を脱いできちんとそろえ直し、その草履に手を合わせ、一礼して上がった。


 逃げるときにさっと草履を履いて逃げられるように願掛けた仕草に客は苦笑した。


 『弥七』は、寝ている『三太』に近づき『三太』が半身起きあがった時に、ちょうど話しがしやすい布団の下の方に行儀良く正座をし、懐から出刃包丁を出すと横向きにきちっと置いた。


 『三太』が鼾(いびき)をかき始めた・・・・鼾の1回2回は小刻みにそして3回目では豚のように鼾をかいた。その鼾に合わせ『弥七』は、ふぐの立ち泳ぎのような仕草をする。3回目で豚のように鼾をかく時大きくけいれんして見せた・・・・これが客に受け大爆笑となった。そのけいれんを3回程してみせると最期のけいれんで『ヘッチン』と、くしゃみをした。そのくしゃみに気づき『三太』が目を覚まし半身を起こすと『弥七』は思ったが、『三太』は起きない。その様子に『弥七』はたいした大物だといった演技をして見せた。

 『弥七』は、這うように『三太』に近づくと・・・・3回目豚のようにする鼾の時、息を掛けた。


 すると『三太』が目を覚まし半身起きあがった。目を覚ました『三太』はびっくり仰天、そのまま腰を抜かし立ち上がろうとするが立ち上がれない。ただ口をあけ左手で起きあがろうと布団を突っ張り右手で『弥七』を指さしその手はぶるぶると震えている。

 『弥七』は、まあまあ落ち着けと『三太』をなだめる。


 『弥七』は、落ち着くように説得するのに『三太』の慌て不為板(ふためいた)もの真似をした。今、腰を抜かして間抜け面に成っている様子を大げさに、真似て見せた。


 『三太』は、その様子に反対に『馬鹿だお前は』といわんばかりの仕草で『弥七』を指さして笑った。

 親子3代目菊五郎、4代目菊之條両役者の、気の合った演技に芝居小屋は大爆笑となった。


 『三太』を落ち着かせた。そして『弥七』は、いよいよ本業の説教を始めるのである。


 ・・・・・・・・・・・


 戸締まり用心火の用心、用心棒はいらないが、入って困る便所蠅、用心しても隙がある。用心するに備(そな)えあり、備えあれば憂い無し、備えあっても金はなし、金のなる木は枯れ果てて、枯れ木に花は桜島、桜切るバカ霧島の、霞(かすみ)を喰う毎日に、喰うや喰わずの裏人生、徳を積めない情けない。積んで得する南阿弥陀仏、陀仏、陀仏と駄々こねて、こねて作る団子(だんご)汁、汁、知る知るは、行(おこない)の、始めと知る、人ぞ知る、知る由もなく、知る者は言う、言う者は知らず、知らぬが仏、仏の沙汰も銭次第、銭を積むな善を積め、銭屋五兵衛の商いは、江戸の豪商、加賀藩の、巨万の富と、裏腹に、獄中死とは、これ如何に、いかにもタコにも、たこは身を喰う墨を吐く、吐いて退散、一目散、目算(もくさん)立てても、一分が立たず、立て立て立てよ、立たぬなら、立たせて見せよう、ホトトギス、ホトトギス、程遠いかな、ホーホケキョ、結構、孝行、親孝行、孝行息子に旅させろ、旅は道連れ、世は情け、情けはあるが金は無し、仲良し子良しお人好し、欲もないけど幸(サチ)も無し、世間の冷たさ、しみじみと、小川ですくうシジミ貝、食べてみるかい、シジミ貝、不知火海にはアサリ貝、甲斐性ネエのがぁ~・・・・この俺だァ。


・・・・・・・・・・・


 『弥七』は、延々『三太』に説教をした。夜がだんだん明けてくるまで続いた。


 『弥七』は、話しの区切り区切りで『三太』に解ったのか・・・と、訪ねると『三太』は大きくうなずくまた、話しの区切りで『三太』に解ったのか・・・と、訪ねると『三太』は大きくうなずくそしてまた、話しの区切りで『三太』に解ったのか・・・と、訪ねると『三太』は大きくうなずく『弥七』は、そこで本来の商売を始めた。「わしの今日の話しが為になったら講演料として気持ちをくんな」といって手を出した。


 『弥七』の身勝手な心中には盗人という意識はなく、為になる話しをしたのだからその講演料もどき御布施を要求しても良いじゃないかという考えがある。しかし相手が払う気が無いときは説教だけして帰るという盗人?であった。


 『弥七』は、金品を奪うより自分がする説教を真剣に聞いてくれる事に喜びを感じていた。だから目を付けて入るところは大店ではなく、長屋や1人暮らしの年寄りの住む家を狙い忍び込むのである。忍び込まれた住民は、びっくりして命乞いをし、話しを聞かなければ命を取られる。そう思い神妙に聞くだけで、『弥七』の話しは世間に対する愚痴と、戸締まり用心火の用心程度の話しで、変わった事は悩み事を言わせて、それに対して延々としゃべりまくる・・・・聞いてうんざりの話しであった。


 『弥七』は、まだ『三太』の前に手を出している。強要するかの様に手の平を小刻みに振っている。


 しかし『三太』はきょとんとしている。


 『弥七』は、そこで『三太』の様子がおかしいことに気づいた。


 『弥七』は、『三太』に「おめえ耳が聞こえないのか」・・・・と手振りで聞いた。


 『三太』は、静かにうなずいた。


 次に『弥七』は、『三太』に「おめえ口がきけねえのか」・・と、手振りで聞いた。


 『三太』は、静かにうなずいた。


 『弥七』は、驚き『壁』に背中を打ち付けんばかりに後ずさった。血の気が引き、凍り付く様な表情を3代目菊五郎は演じている。


 『弥七』は、恐る恐る『三太』に聞いた。おめえの名は何という・・・・そうか言えねえのか・・・・


 それならそこの布団に大きく書いてみな・・・『弥七』は手振りを交えながら言った。


 『三太』は、子供のように大きくうなずくと、右手で三本横に線を引いた。そしてもう一本横に線を引くと人の字を書き点を打った。


 『弥七』は、壁にもたれかかったまま腰を抜かした。そして這うように『三太』に近寄ると・・・・・


 もしや、おめの母さんの名前は『ヤヨ』と言わないのかぁ・・・・と、言って『三太』の手を取り、布団に大きく書いた。


 『三太』は、うなずいた。何度も何度もうなずく・・・・


 芝居の見せ場である。大向こう(客席)から声が掛かる『中村屋 !』3代目菊五郎と4代目菊之條の息の合った迫真の演技に客席から涙をすする声があちこちらからし仕始めた。


 ・・・・・・・・・


 3代目菊五郎が見栄を大きく切った。


 すると・・・・おめえは・・・・ひょっとして・・・俺の子・・・・『さ・ん・た』じゃぁねえかぁ~・・・・


 3代目菊五郎は、4代目菊之條を抱き寄せ『さんたぁ~』と、大声で叫びむせび泣いた。


 4代目菊之條は『ちゃん~』と、言葉にならない物言いでしがみついた。


 抱き合う二人、再会を喜び3代目菊五郎は、『三太』を赤子をあやすように泣く・・・・


 拍手喝采『中村屋 !』の声が掛かる


 すると・・・・どこからともなく祭り囃子の音が遠くから聞こえてきたその音がだんだん大きくなると、3代目菊五郎は、すうっと立ち上がりおぼつかない足取りで舞台中央に立ち昔を回想するかのように宙を見つめた・・・・そしてぽつりぽつりと語り始めた。



 今から30年前のことだぁ、おめえが5才の時だった・・・・・
 浅草浅草寺の祭りに女房のヤヨとおめえの手を引いて見物に行ったときのことだぁ~
 うまいもの喰って、金魚すくいをして・・・お面を買ってやって・・・それから・・・それから・・・それから
 
 3代目菊五郎は、両手で耳を押さえた・・・そして顔が恐怖に嘖(さいな)まれる表情へと変わった。
 
 そして・・・3代目菊五郎の淡々とした長台詞が始まった。



 『弥七』は、あの日幸せの絶頂から奈落の底に落とされた。


 「人混みに紛れていなくなったおめえをおめえのおっ母ぁと明け方までさがしたんだぁ~


 『さんたぁ~さんたぁ~さんたぁ~』声が枯れるまで探した。


 ふと気付いた・・・おめえは耳が聞こえなかったぁ~その時は地獄の地獄穴に突き落とされた気持ちだった・・・
 翌日も翌日も次の日も次の日も毎日毎日・・・・・隣町まで足を運んだ・・・・
 ひょっとして今日は『ひょこっと』帰ってくるかもしれねえ、それで鍵は掛けずにいつも寝た。


 毎晩毎晩寝れねぇ日が続いた・・・


 そんなある夜、人の気配にふっと起きあがると・・・盗人が正座して座っていた。


 その膝の前に出刃包丁が横向けてきちっと置いてあった。


 その盗人は頬被りなどせず、優しい顔優しい眼差しをした老人だった。


 びっくりした俺とおめえのおっ母ぁをなだめると、説教をし始めたんだ・・・・


 祭りに夢中になって子の手を離した、俺とおめえのおっ母ぁを責めた。


 その説教に俺とおめえのおっ母ぁは明け方まで泣いた。


 夜が明けると盗人は出刃包丁を懐にしまい、励ましの言葉を掛けて立ち去ろうとした。
 俺とおめえのおっ母ぁは顔を見合わせた、そしておっ母ぁがすっと立ち上がると財布から5文取り出し、その爺さんに渡した。
 爺さんはにこやかにそして晴れ晴れとした顔で、その金をありがたく受け取ると、一礼してゆっくりと立ち去って行った。
 その後ろ姿に二人で手を合わせた。


 それからは、仕事も手につかねえ・・・とうとう水引(水道屋)の仕事も辞めちぃまったぁ~
 生活に困った俺はおめえのおっ母ぁに内緒でこの稼業に足を踏み入れた・・・」



 3代目菊五郎は、台詞を言った後苦笑した表情を作った。


 三太が弥七を呼んだ。そして背中を貸してくれと手で仕草をした。


 弥七が三太の前にしゃがむと弥七の背中に文字を大きく書き始めた。


 弥七は、おおきくうなずくと背中に書く文字を言葉に代えた。


 オイラモ、チャンガ、ムカエニ、キット、キテクレルト、オモッテ、トヲシメズニ、マッテ、イタンダ


 3代目菊五郎は、文字を大きな声で読み上げた。

 客席は静まりかえった・・・・そして3代目菊五郎が読み終わると客席は泣き声と変わり拍手と変わった。


 3代目菊五郎は、4代目菊之條を抱き寄せ『さんたぁ~』と、大声で呼び大声で泣いた。


 そして三太をまじまじと見つめ・・・・おっかあのところへぇ~『チョーン』と、一つ『柝(き)』を打つ音が鳴り・・・・さあぁ~かえろおぅかぁ~『チョーン』と、一つ『柝(き)』を打つ


 二人は立ち上がると手に手を取って花道をゆっくりと歩き始めた。


 「チョーン、チョーン、チョーン、チョン、チョン・・・・」と、『柝(き)』を打つ音と共に常式幕が上手から下手へとゆっくり閉まり始めた。

 二人が花道の中程まで来て立ち止まると、3代目菊五郎は、『泥棒やってて良かった』と、皮肉を交え、素に戻った言葉でつぶやいた。


 4代目菊之條は、なにを言っているのか解らない表情を見せた。二人はまたゆっくり花道を歩き消えていった。


 客席は大爆笑と拍手で芝居小屋は割れんばかりとなった。


 そして・・・・・大きく「チョン」と、一つ『止め柝(き)』が打たれ幕は閉じた。


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