と、いうのもごく最近、出身大学の話になったからだ

俺は大学は中退しているので、こういった類の話には

あまり関わりたく、しかしながら同時に

受験戦争というものに盛大に巻き込まれてしまった

受験氷河期ど真ん中世代なもので

どうしても「気になって」しまうのだ

それはなんでだろう、と幾度となく考えた

どのような女であっても、例えば同じ世代で

「同志社大学です」

なんて言われると、マジかよすげーなコイツ、と

瞬時にその女の努力程度などが分かってしまう

その程度には受験戦争に関わってしまっている俺は

93年に受験失敗

94年に地方中堅大学合格

と不本意ながらも高校のレベルからすると

額面を守る、いや平均値でいうと額面以上の結果を得た

しかし、これで満足など出来ようがないのだ

学区内で2番手の高校に進学した

中学でもだいたい10~15番/360人中

であった為に、箱根駅伝や大学ラグビーなどで

本当に格好いい姿を見せつけてくれる大学たち

そのうちの一つ(にはいけるんじゃないか?)

などど本気で思っていた

そしてトップ高校には偏差値が足りないながらも

二番手高には余裕を持って合格した

話は割愛するけども、そこでいきなり絶望したんだ

進学実績(昨年度)

関東:W大1名M大2名H大2名

地方:F大15名KS大24名

なんですか?これ?

地方のはっきりいうと眼中になかった大学に一番進学している?

現実を見せつけられた

しかも先生が言うには

「これからが地獄だ」

そりゃ当然だ、まだ受験氷河期は入り口に過ぎず

俺たちが受験する2年後がマックスになるのは

子供の数を見ても明らか

当時眼中になかった大学すらボロボロ落ちる

今でいうFラン、いや専門学校ですら落ちる人続出

信じられないだろうが、地方の名もない大学ですら

偏差値52、受験倍率4.1倍とかあってしまったのだ

例を出せばキリがないけど

関西に流通科学大学があった、当時売り出し中の大学で

偏差値は59あったはずだ、近大と同等

関東には亜細亜大学が偏差値60であった

ともに現在は50を下回っているはずだ

当時は短大ですら50を下回る大学もほぼなかった

受験雑誌も高調し

「早稲田がとうとう東大を抜いた」

などと白熱していた

高校3年までは勉強において全く平凡なのだ、と思い知っている

俺は、努力は最低限に

本当に平凡な、現実路線を目指すことになる

2年前の俺には考えられない大学であった

KS大の学内推薦基準を満たすも、同希望者多数の為

推薦から外れ、普通受験にて同大学に落ち

更に下のランクの大学にも落ち

浪人とあいなった

S大>F大>K大>KS大いや実名でいいや

西南>福岡>久留米>九産>以下 九国・共立・そのた

近圏にも熊本経済(熊本学園)東亜など

大学は沢山あったけど

その全てがいまとはくらべものにならないほど殺到した

学区二番手の高校で九産の指定校に殺到する

俺はそれに二年間の月日で飼いならされただけだった

みんなそうだったんじゃないかな

入学直後に俺と同じような受験レベルだったら

一部の無知を除けば

九産?なんでよ??

ってなったんじゃないだろうかな

それが今や血眼になって奪い合う

西南の指定校2は学内の3番と5番で分け合った

いまとなってはそれもどうかと思うけど

さて一年の浪人を経て

俺は別の地方の中堅大学に合格したんだな

レベルは福大レベル

福大にも合格したものの、数撃ちまくって

一番気に入らない学部だったので

これはもうそっちに行こうと別地方をチョイス

扱いは非常に良かった

コンパに行っても

「え??S大?マジ?」

などとウケる事も多かった

今日はこれまで