卒業って文字が頭から離れない。
昨年は、東日本大震災が起こり今の中学校一年生がむなしく、
校門近くの玄関で卒業式を迎えた。
しかし、ぼくは今日の卒業が悲しくて、涙が出そうになった。
大地震で被災された方、亡くなってしまい卒業式を迎えられずに人生をを終わってしまった人々がいる中、
僕たちは無事に卒業式を迎えれた。
数々の学校生活の思い出。
自分のクラスの担任はいつも赤ジャージを着て学校に来る。
なぜか知らないけれど、それが日常になっている。
六年生の最後の参観日。
先生は参観日に赤ジャージは着てこなかった。
僕たちは先生に、「赤ジャージを着てきてよー」と頼むと、素直に受け入れてくれた。
先生は僕たちのために受け入れてくれたのかもしれない。
僕はそれは心に残った。
その時に赤ジャージを着てこなっかったら僕たちのテンションは下がっていたのかもしれない。
こんなに優しい先生・友達と別れるなんて、夢にも思ったことがない。
しかしこれが僕の現状なのかもしれない。
この悲しみを、将来どのようにして上手く活用していくのか。それが僕たちに与えた「試練」
なのかもしれない。
最後に、僕を支えてくれた先生・友達・地域の皆さん本当にありがとうそしてさようなら。
またどこかでお会いしましょう。
昨年は、東日本大震災が起こり今の中学校一年生がむなしく、
校門近くの玄関で卒業式を迎えた。
しかし、ぼくは今日の卒業が悲しくて、涙が出そうになった。
大地震で被災された方、亡くなってしまい卒業式を迎えられずに人生をを終わってしまった人々がいる中、
僕たちは無事に卒業式を迎えれた。
数々の学校生活の思い出。
自分のクラスの担任はいつも赤ジャージを着て学校に来る。
なぜか知らないけれど、それが日常になっている。
六年生の最後の参観日。
先生は参観日に赤ジャージは着てこなかった。
僕たちは先生に、「赤ジャージを着てきてよー」と頼むと、素直に受け入れてくれた。
先生は僕たちのために受け入れてくれたのかもしれない。
僕はそれは心に残った。
その時に赤ジャージを着てこなっかったら僕たちのテンションは下がっていたのかもしれない。
こんなに優しい先生・友達と別れるなんて、夢にも思ったことがない。
しかしこれが僕の現状なのかもしれない。
この悲しみを、将来どのようにして上手く活用していくのか。それが僕たちに与えた「試練」
なのかもしれない。
最後に、僕を支えてくれた先生・友達・地域の皆さん本当にありがとうそしてさようなら。
またどこかでお会いしましょう。