田んぼ沿いの道路上では,東南アジア系若者が二人,苗を手渡す手伝いをしていた。近づく見知らぬ私のほうをちらちら見ていた。田植え機が水田に,キレイに列に植えていた。機上には,運転士の男性と,ほかに女の人(奥さんか?)が苗木のパックをトントンと手で叩いて列ごとにうまく植わるよう手向けていた。現場で間近に見たのは初めてだった。すぐ町内での光景。定年退職前には得られなかった場面である。

 

水田が一面に広がる空間にやってきた。この見晴らしはまた格別な感がある。遮るものがない広がり感。道際の水田を覗くと,汚れや油や,水路の水音も聞こえる。泡がプクプク…見過ごしていた,小さい生き物たち・・・オタマジャクシか。大きいのやら,すごく小さいのやら,凝視しないと見過ごしてしまう。ここ何十年見ていないかも。ココにいたんだ!という驚きが。植えた苗に泳いで姿を消したのはゲンゴローではないな,何という虫だろうか。どっこい,生きてるぞ,という感じになる。イネのなる時節は生き物たちの萌えがある。

 

山に入ると,「歩行者注意」の路上標示。すると見覚えた記憶がよみがえっていく。だんだんと。見覚えのある神社。上がる階段は狭くて急。以前同様,緑の苔が生え,枯れ枝が散って入口をふさいでいた。荒廃が進んでいる。蜘蛛の糸が垂れ,藪の笹葉が邪魔をしていた。だれも登らなくなり,見放されてしまった感がある。傍らに記銘板。何枚かある。建てた(建て替えた)功労者たちの記銘。我が町からも二人参列。皆地元の馴染みの姓が並んでいた。ココは何町だったかな。まだ同じ山への,別の入口と混同している。帰路甦った町名が。N町,他方はY町。身に付かない。スマホでグーグルマップもしない。これが老境か。近来,直前の記憶をとどめない。関心がなくなる。常に新鮮でイイ。

 実は山に上がろうか,どうかと迷っていた。すでに30分近くになる。Uターンしてもよかった。ところが自然の意欲に任せて身を置く。<記憶はあてにならない。どうもいろいろ断片が勝手につながって真実が見えてこない。それに今気づいた?土地勘が狂っている,たぶん。例の朱いカブラの実は,どっちの道だったかな。>

 上がる途中に 営業廃止の看板が。お店は廃業して荒れ果てている。前回も,前々回も見てきた現場。倉庫らしい空間に,手押し買い物カートが数基重なって片付けられていた。暗い一角にじっと据えられたまま,何年過ぎたろう。時間が停まっていた。

帰路途中の看板,小さい目印。「N城跡」 何度も経てきた名前。

陽気も手伝って,入る?ことに。今観なかったら,二度と来ないかも・・・という考えが背中を押した。

期待もせず,ワクワク感も無く,ぼちぼちとゆっくりと,農道の畦道を入って行く・・・・どこが城跡か。

辺りは,畑であった。民家の農地に過ぎない?・・・畦道の辻に別の小さい表示板が立っている。農事にはふさわしくない,ひょっとして,農家には,厄介で,邪魔物にもなりかねない位置に,しょんぼり,こっそりと立っている,市教委の掲示物。申し訳なさそうに・・・。

畑の合間に咲く緑に…シロツメクサが…幼児時代に育まれた,そんな若い時分に,なつかしんだ 実家の野原のように,小さく咲いていた。植物といい,虫や蟹や,すべてが大きなサイズの多い当市には,珍しくこじんまりと遠慮気味の様子。寝そべって遊んだものだ。すぐ隣の地面には背の小さな篠(しの)の茎が生えそろっている。畑のキャベツには邪魔物扱いかな。ここは篠や竹が繁茂するような土地柄なのだ。道路わきには,「20.8M. height above sea level 海抜20メートル」の標識。坂道の地肌は,粘板岩だろうか。固い岩盤だろう。粘土質ではないね。そこから「竹」の根が捻じれて伸びていた。何十年と,いや,もっと長い間の時間が流れている。 自宅界隈の電信柱には「海抜2.8メートル」。10倍の高低差。風土の違い。

新しい感慨,記憶・・・・  ありがとう。合掌