先日の旅行の件。平泉に前泊し、朝から中尊寺へ。
20分ほど歩くと、ようやく中尊寺にたどり着いた。拝観料を払い中へ入る。

お寺といえば修行する僧の姿を思い浮かべるが、ここでは木造のお坊さんがその代わりをしているようだ。お守りを売る店が多く、修行中の方は見かけなかった。少し観光地化してしまっているのかもしれない。

それにしても、金箔の輝きには当時の勢いを感じる。
仏さまの穏やかさよりも、邪気を払う神々の方に迫力を覚えた。邪気に満ちた今の世の中だからこそ、自分への戒めとしたい。

仏教は、当時の人々にとって今のAIのような“最先端の知”だったのかもしれない。
それを大切に受け継ぎ、今に伝えている平泉の方々の思いを、あらためて素晴らしいと感じた。

 

写真は中尊寺の拝観券とパンフレットです。