続「シズカちゃんとパパ」
「シズカちゃんとパパ」では、昔のろうあ学校で、手話は禁止され、口語=相手のくちびるの変化から言葉を読み取る方法が強制。できるわけもないのに。手話使うと、なぐられた。ひどかったし、昔の、健全者に近づけるための脳性まひ児へのリハビリも思い出されます。「より健全者に近づける」という点で共通しています。
では,その健全者とは何でしょう。一人一人違う。これもおかしい。個性抜いた発想。力士、野球選手、会社員と多様。個性抜いた人間の姿が男は軍隊と会社員。女は主婦かもしれません。個性抜いた見方はろくなことはないと。外国系やアイヌ、精神障碍やハンセン氏病にも通じることですね。
神谷恵美子について
神谷恵美子を検索。「隔離政策もハンセン氏病には恵みと述べ、元患者たちから激怒される」と。当然であるし、国策だから同様に戦争や徴兵も恵になりかねない。恐くもある。
そのほか、僕も嫌に思うのが、「療養所内で病を持つ者同士が共に支え合って生きるのが患者の生き方であり、幸福」と元患者たちに指導した点。たとえ元患者同士でも他人に生き方や幸福を指導はできないのに、そうすることは極めておかしい。元患者たちはたまらないだろう。脳性まひ者たちもそうされればたまらないから。脳性まひに置き換えれば、僕はさらにわかる。
神谷恵美子はクリスチャンで、「恵み」も聖書からの言葉。でも、以上はイエスも、パウロも旧約聖書も述べていないし、第一、聖書の時は隔離の国策はなかった。おかしい。私見を聖書の言葉使い、述べたに過ぎない。クリスチャンのすることではない。明らかに患者を見下している。ごうまん言おうか。他人に生き方を説くなら、その前に自分がそのような生き方をすべき。
全生園や教会行っていた時は僕は神谷恵美子の名も知らなかったから、その議論もしていない。でも、当時の僕も知れば、以上の気持ちを持ち、反発したね。さらには、日本の教会は教派の別なく、神谷恵美子への尊敬が強いから、クリスチャンたちとの激しいけんかもありえたと。
今の元患者たちの反応が、神谷恵美子やその支持者たちへの歴史の審判かもしれません。
ろうを持つK
70年代、ある福祉会で少しだけ付き合った、ろう者のK君。一生懸命ろう者の状況を訴えていた。反面、その福祉会役員たちの「一緒に世間に手話を訴え、社会変革しよう」の誘いは「ろう者の気持ちはろうあ者にしかわからない」と言って厳しく断っています。
彼が健聴者に求めているものは、今の僕がしているような、客観的で無私の奉仕だっと気が付く次第です。彼と友人になる方法もそれだけ。遅れて僕はKへの友情を果たしていると。
その役員たちの企画が早く挫折してよかった。ろうあ者同士、健全者同士、脳性まひ者同士と、一緒に社会変革運動しても、一人一人の考えや性格の違いから、100%ケンカになり、失敗。ならば、ろうあ者、健全者、脳性まひを持つ僕と連合して社会変革運動しても激しいケンカになるだけ。Kは非常にシッカリしています。高く評価できます。
無私の奉仕は聖書や仏典を挙げなくても、自分や他人を客観的に見られるようになり、意外と役に立ちます。
因みに、僕も立場の別なく、一緒に何かすることは元々したくなかったし、かなりのメンバーもそうでした。
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ろうあ者の事はよく知らなかったとは言え、僕も身障者なのにろうを持つKを差別する立場になったから葛藤が作られたわけ。
しかし、その会は健全者、ろうあ者,脳性まひ者のそれぞれの複雑な対立関係があり、交友も難しかった。本来ならば個人レベルの交友しないと付き合いも、相互理解しないが。また、僕が入っていたある身障会はより重度の人たちを切りすてての身障運動も。さらには、新左翼、右翼、カルトや宗教団体、政党と仲間関係作るとろくなものはできません。大きなことにつながっていたようです。
