実はもう3回見てしまったこの作品
大好きな映画です。
初めて見た時も2回3回見た時も変わらず大号泣しました。
私としては主人公のトラヴァース夫人は幼い少女の頃の傷心が癒えないアダルトチルドレンで、この映画は夫人のインナーチャイルドの癒しの過程だと思いました。
ところが、レビューや感想サイトを見てると「夫人があんな偏屈な性格になってしまった理由が分からない」という意見を多々見かけて、「健全な成長を遂げた人には共感しづらいのかな?」と思いました。
ネタバレ含みますので未見の方注意
お父さんが大好きなギンティ。
お父さんの話してくれるファンタジーな世界がたまらなく大好きなギンティ。
お父さんに褒められたいし役に立ちたい。
お父さんのだらし無さや弱さ、情け無い姿を見ても大好き。
お父さんが「魔法の薬を取ってきて」と言うから、役に立ちたくて助けてあげたくてアル中の父親にお酒を渡します。
しかしそのせいでお父さんの容態は悪化し、お母さんは絶望して自殺未遂をしてしまう。
これ、絶対に物凄い罪悪感や後悔の念を植え付けられます。
子供は両親の不和や不機嫌などをすぐに自分のせいだと思ってしまいますから。
自分のせいで幸せな家庭が崩壊してしまったという自責の念を持ち続けてトラヴァース夫人は育っていく…しかし救世主のように家庭を立て直してくれた厳格な叔母。
お父さんのようなユーモアやファンタジーで楽しませるのではなく、しっかりと子供に現実を突きつけて仕事を与え、無駄を排除していくメリーポピンズのモデルの叔母。
原作のメリーポピンズは厳しいけれど子供の為を思い成長を促します。
ギンティは魔法のように家を直していくメリーポピンズを尊敬します。
しかし、叔母のやり方はきっとギンティに早く大人になる事や、理想に生きるだけでは駄目だという思いを植え付けたのだと思います。
厳格で効率的だけど思いやりのある叔母。
夢物語で楽しませるけど現実では社会に迎合できない父親。
お父さんが大好きだけど、自分が生きていくには叔母のような厳しさが必要と学んだ事でしょう。
果たしてトラヴァース夫人は自分にも他人にも厳しくフワフワ浮ついた甘ったるいものを蔑むパーソナリティを獲得したのだと思います。
しかし、子供時代にしっかり子供をできなかった(甘えたり楽しんだりできず我慢や諦めを強制されるような)人は、その傷心をインナーチャイルドという形で心の中に持ち続けます。
表面上は大人なんですけどね、どうしても心の中の少女が拗ねたままだったり寂しさを感じたりしてしまう。
この映画では、そんなトラヴァース夫人の心の中の葛藤を魅せる演出が上手かったです。
自分の史実をモデルにした物語に、かつてお父さんが見せてくれたファンタジー要素を添加され、トラヴァース夫人は父親との思い出をたくさんリフレインさせていきます。
彼女にとっては辛い過去だからあまり掘り起こしてじっくり向き合いたくは無い過去。
思い出していくうちに、夫人の中の少女の面が徐々に顔を出していきます。
ぬいぐるみを抱いて眠ったり芝生に座って草木でおままごと(?)してみたり、楽しい歌に一緒に笑顔で踊ったり…
夫人はそんな甘えようとする心の中の少女をずっと叱責してきたのだと思います。
だからこそ、ウォルトの「もう自分を許してあげましょう」という言葉が非常に効果的だったのです。
今まで許せなかったわけですから。
子供のように楽しむこと、笑うこと、遊ぶこと…
彼女は自分に禁じたから、周りで楽しんでたり遊んでたりする人を見下して距離を取ってきたんです。
でも楽しんだり笑ったり遊んだりしても良いという許可を出せます。
その後プレミアに出るためにディズニー社を訪れた彼女は茶目っ気たっぷりな表情になってましたね。
序盤では見せない笑顔でした。
この時点で彼女に変化があるのですが、映画を見て、父親のモデルであるバンクス氏が助かるストーリー、皆で笑顔で踊るシーンで、彼女は自分を許すことができます。
父親を救えなかった後悔故の罪悪感ですからね。
非常に心理学的な映画のように思いましたが、見る人によって全く感想が違うのも面白いです。
私は夫人と同じく自分を罰してきた中で楽しみ方や遊び方が分からなくなったりもしてますので、めちゃくちゃ感情移入して観てしまいました。
夫人が自分に許しを与えられるラストは、私もインナーチャイルドを癒せた気がします。
原題のsaving Mr.Banks
バンクス氏の救済ですが、夫人も救われましたし、映画を観た心に古傷を持っている観客も救うとても良い映画です。
また何年か経ったら観たいです。