Toshieのブログ②

Toshieのブログ②

2013.6 〜
境界悪性卵巣腫瘍の手術と経過観察、子宮筋腫の経過観察と治療について。

2016.9 〜
子宮筋腫の手術と経過観察について。

2024.1 〜
子宮筋腫と子宮内膜症、貧血治療などについて。

心と身体と傷痕について綴ってます。

33歳の超!健康優良児にある日突然現れた身体の異変とその経過。



闘病記なんて大袈裟な物じゃなく、ただの記録です。


2013年5月


直径14cmの卵巣腫瘍が見付かり、7月に開腹手術にて左卵巣切除。


病理検査の結果、境界悪性が発覚。



右卵巣と子宮は妊孕性温存。




二期的手術は行わず、同時に見付かった子宮筋腫と併せて現在経過観察中です。





2016年7月


3年が経過し子宮筋腫が悪化。

9月、子宮鏡下粘膜下筋腫切除術にて子宮筋腫切除。


現在は術後の経過と、残りの子宮筋腫と境界悪性の経過観察中です。



日常のあれこれについてはココで →
書いています。







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久しぶりに記録します。


3月に「全部やめた!」と言った後も通院や他の検査は継続していて、膠原病内科、脳神経内科、循環器内科、整形外科、消化器内科などなど院内のあらゆる?科を巡っていた。

その後、少しずつ体調が元に戻って行ったので、改めて色々考えたり面倒になったりを繰り返して6/25にやっとの思いで9/6に手術をすると2度目の決断をした。


なのに!!

3ヶ月悩んでようやく決めた9月の手術だったのに会社の不手際で丸々一カ月もの間、社会保険が使えなくなって、更に手術を一カ月先へ伸ばす事になってしまった。
これはただの苦痛でしか無かった。
一度決めた手術を取り止める時も迷ったし、取り止めた事を少しだけ後悔したりもした。
そして、3ヶ月考えてやっと決めた覚悟だったのに、会社の一方的な都合で延期せざるを得ない状況になり、更には危うく更に一カ月(11月)も延ばす事になりかけたから本当に最悪だった。
8月末日で現行の健康保険証が回収され、新しい保険証が到着するまで約3週間の間は健康保険が使えなくなるとの説明で、それが分かった7/18の時点で9月に入院するから困ると会社に言ったら

「一旦実費で立替えろ」

とかふざけた事を言われるし…実費だと総額で約170万円もするって言うのに簡単に立替ろとか言ってくるアホ会社。

挙げ句の果てには…

「医療費は会社が無担保無利子で貸付けるので、今回かかる医療費の総額をあらかじめ申告してください。医療費還付後、貸付けた額から実際に支払った額を差引いた金額を返済してください。」

なんて言って来たけど、事前に今後受ける未確定の医療費が分かると本気で思っているのか?!
何故に迷惑かけられる側の私が会社からお金を借りて差額を計算して返す手間を被らなければならないのか意味不明すぎて目眩がした。
会社がきちんと保険の手続きをしていれば起こらなかった事なのに従業員が迷惑を被るのはホントおかしい。

その辺の恨み辛みについては落ち着いたら追って書く?かも知れない。

話が逸れたけど…
3月から引き続き何だか色々と大変だったけど、結局は最初の決断に戻った。
このまま放置しておくと、遅かれ早かれまた50メートルを早歩き出来ない程にヘモグロビンの数値が下がって目眩や動悸息切れに悩まされる日々に戻る。
だからと言って貧血治療だけをすると経血の量が増えて生理中は日常生活に支障が出る。
昼間は一度の出血量に対してナプキンの吸収速度が追いつかず椅子や座布団、車のシートまで血に染まる事も度々。
夜は知らぬ間に大量出血してマットレスまで血に染まる事が心配で落ち着いて眠れない。
排泄みたいに自分のタイミングで出せたらどんなに楽かと常に考えていた。

痛い思いをして子宮内に飛び出た部分だけを削り取ったとしても、結局そこまで大きく変わらない。
ミレーナは筋腫の位置が悪いから使えない。

貧血と大量出血のどちらも止めるにはやっぱりこの選択しか無いのかも…
44歳だし、子宮の状態的にも妊娠は難しいみたいだし、お一人様生活もまだしばらく続きそうだし…
閉経まで仮に後10年こんな状態が続くのであれば…
何度も何度も考えて、何周も回って元の場所に着地した。
まぁ、決めてからも何度も何度も揺らいだんだけど…

結果的に、3月まで辛い思いをしてレルミナを飲んだ甲斐あって子宮の腫れがだいぶマシになったので開腹手術をしなくて済んだ事。
レルミナを飲んだおかげで卵巣の腫れが無くなったので唯一残っていた右側の卵巣を残せた事は本当にラッキーだった。

そして最初に手術を考えていた時は選択肢に無かったのか、まだ提案される段階では無かったのか?
腹腔鏡手術ではなく 2024年春から病院に新たに導入されたダヴィンチというロボット手術の対象であると言われ、身体の負担がより少ないダヴィンチ手術を受ける事になった。
ロボット手術と腹腔鏡手術の違いは分からないけど手術費用は変わらないとの事だったので身体の負担が少なくて済む方を選んだ。

術後の状態を比べた訳では無いので、実際にどちらが楽だったのかは謎だけど5箇所も切ったので痛いは痛い。

そう、今回はヘソの下に縦に一直線ある11年前の傷痕に対して、ヘソとヘソの左右に2箇所ずつ計5箇所を切開した。


(某病院の資料画像)


アタシのお腹に11年かけて直線と点線ができた…
5個の傷が縦切りか横切りか、どーでも良いけど一応、横向きに1.5センチ無いくらいの傷が5個。

11年前と比べると取った物の大きさが全く違うので入院前も後も体重に変化は無かった。
(傷が落ち着いたら痩せよう!/笑)


術後はとにかく全部痛かった。
説明し難い良く分からない所も存分に痛かった。


まず、手術中は仰向けの状態で頭が斜め下に下がっている状態で約3時間。


(某病院の資料画像)


麻酔がかかる直前に時計を見たら9:15
麻酔が一度切れた時に朦朧としながら見えた時計は12:45だった気がするので2時間半はこの体制で固定されていたと思われる。
この状態で足は婦人科の診察台に乗っているような状態だったらしいんだけど、その体制になる前の台の上に仰向けにまっすぐ寝転がった状態の時点で私の意識は無くなっていた。

手術中に身体がズレないように両足、腰、両肩を台に器具で固定して、重力で腸などを肺の方に押し上げる。
そして切った所から体内にガスを入れてお腹を風船みたいに膨らませて術野を確保して、切った穴から色々突っ込んで手術をするとの説明だった。
切り取った子宮は出産さながら、膣を通って体外へ出されるんだとか。
私の体内から産道を通った最初で最後の物体は自分の子宮となったのは少し複雑だった。

内臓は移動させるし、ガスで膨らまされるし、頭は下を向いてるし、身体が痛くならない要素が一個も無い(笑)
手術からしばらくの間、腸が捻れてるんじゃないかってくらい痛かった。
万遍なく身体中の全部が痛かったけど傷口より体内の方が痛かった気がしている。

まぁ、腸が捻れているとか、そんな心配は全く無く、術後3日目にさっさと退院させられて家族もビックリしていた。

術後、主治医の診察も無く手術から3日目の退院直前に一度だけ診察してそのまま退院させられたから一番不安だったのは私。
手術翌日の昼以降、抗生剤やら何やらの点滴が全て終わって尿管も抜けたらほぼ放置されていたし、術後2日目なんて朝の検温すら無かった(笑)
夜勤と日勤が入れ替わったタイミングで検温等を一通りして、11時にシャワー浴びて、退院後の説明をされた後は消灯前の検温までのびのびと放置されていた。
何なら私、忘れられてる?って心配になった程だった。

個人的には一大事だったけど医療行為的には大した事でも無いようで、2日目の昼過ぎには自分も何と無くだけど前日より身体が楽になって来ているのが分かったりして。
まだ痛いっちゃ痛いんだけど、騙し騙しやり過ごせる程度に痛い。
ロキソニンで痛みが消える程度のダメージなんだと思うとロキソニンが凄いのか、手術が凄いのか全く分からない(笑)

肩の痛みは恐らく下向きに固定されていた時の器具との圧迫の影響と、体内のガスが上の方に移動した時の痛みでしばらく続くって言われていたやつ。
肋骨周辺の傷口以外の痛みも同じ。
しばらく左手が痺れていたけど、今回も手の甲から点滴入れてたからその影響かな?

意外だったのが尿管
最初の手術の時、抜く時もめちゃくちゃ痛かったし抜いた後数分間ダメージが残るくらい痛かったから憂鬱だった。
抜かれる時は痛くて悶絶するもんだと覚悟していたんだけど、今回はそこまで痛くなかった。
何なら管が入った状態で看護師さんに管を触られた時の方がよっぽど痛かったから医療器具も少しずつ進化してるんだなー、なんて思った。

11年前と8年前は手術当日の朝に問答無用で医療用の特大浣腸をされるのが辛かったけど今は浣腸はしないらしい。

などなど、知らぬ間に変わっていた事も幾つかあった。

取った物が鶏の玉子くらいの大きさらしいので、お腹が軽くなったとか全く感じない。
無くなった実感も無い。
ただ、切って縫ったであろう辺りが何かのタイミングでズキンとすると、やっぱりそこにあったのかな?そこからなくなったのかな?なんて思う瞬間もたまにある。


帰宅して、休み休み荷物を片付けて、病院へ持って行った衣類を全部洗濯して干して何も無かったみたいに跡形も無く全部片付けた。

病院に持って行っていた夜用の40センチのナプキンをポーチから出して元の場所に戻そうとした時、何故だか突然の大号泣。
自分がなぜ泣いているのか全く理解が出来なくて、でも涙が止まらなくて戸惑いながらとりあえずしばらく泣いた。

全部終わった安堵?
もう2度と使う事が無くなった物への執着?

色んな事がありすぎて泣いてる余裕が無かったから色々ゴチャ混ぜになって一気に吹き出したのかも知れない。

泣いたらスッキリした。


しばらく自宅療養して気持ちに余裕がでてきたら今後の事を少しずつ考えようかな?
なんて思っています。