かなり遅めの報告。
先週木曜に歌川国芳展@大阪市立美術館(天王寺区)に行ってきました。
すでに行った知り合いに図録を見せてもらって一気に展覧会行きたい熱上昇↑↑↑
歌川、といえばやはり広重が有名ですが
江戸時代の歌川派といえば、広重・三代豊国と並ぶほど、歌川国芳は有名な人。
古代中国の歴史小説「水滸伝」の武者絵を描いたことでブレイクした国芳は
この水滸伝シリーズで江戸の庶民に刺青を流行させた人の一人だそうです。
( ゚Д゚)<文化の発信者ってことか、すげぇー)
名前を知らない人でもこの絵は見たことあるのでは?
相馬の古内裏(ふるだいり)
江戸時代の読本、山東京伝「善知安方忠義伝(うとうやすかたちゅうぎでん)」を描いたもの。
平将門の遺児、滝夜刃姫(たきやしゃひめ)が弟の平良門とともに筑波山の蝦蟇の精霊から妖術を授かって荒れ果てた相馬の古内裏を巣窟として徒党を集め、亡き父将門の遺志を継いで謀反を企てるが、源頼信の臣大宅太郎光国(おおやのたろうみつくに)によって陰謀をくじかれ自刃する。
読本では光国の前で数百の骸骨が戦闘を繰り広げる場面であったが、国芳はこれを巨大な骸骨に置き換えて滝夜刃姫と遭遇する場面とつなぎ合わせている。
朝比奈小人嶋遊
平伏すべき大名行列を不敵な笑みで見下ろす極大の朝比奈と豆粒のような大名行列の人々。
ガリバー旅行記を思わせる構図は目を見張る面白さがあります。
朝比奈義秀小人遊(1842)とガリバー旅行記挿絵(1726)
同じく大男の朝比奈が登場する作品。並べたのはガリバー旅行記の挿絵。岸に打ち上げられたガリバーを遠巻きに見つめたり、暴れないように足を固定する和服の人々と、髪を結わせたり指の上で曲芸をさせて楽しんだりへそを覗く人がいたり、というなかなか好対照の2作品だと思います。
このように、国芳は西洋画を研究し自身の作品にフィードバックしていたようです。
みかけハこハゐがとんだいい人だ(1847)とウェルトゥムヌス(1590)
次の作品も見たことある人がいるかもしれません。
先に紹介した朝比奈が訪れた小人島の人々が寄って人物の顔を描き、胴体は朝比奈が胴体を担っています。首元に朝比奈の月代が覗いています。これと似た手法が右のだまし絵。ルドルフ2世というローマ皇帝の自画像を果物や果実でち密に描かれています。詳しい説明は以下サイトをご覧になってください。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/09_damashie/arcim.html
続いては風景画。
忠臣蔵十一段目夜討之図と東西海陸紀行
忠臣蔵のクライマックス、赤穂浪士が吉良邸に討ち入ろうと押し入る場面を建物を含めた風景画として国芳は描きました。遠近法の効いた幾何学的な描写、モノトーンを基調とした画面は独特の冷たさを醸し出し、雪の夜の討入の緊迫感があふれる。本作は従来から光と影の表現が特筆され、洋風画の影響が指摘されており、近年の研究で右図にあるニューホフ「東西海陸紀行」が原因であることが明らかにされた。原画にみる南国の真昼の景、コントラストの効いた建物とその影を、国芳は雪上がりの満月の夜に、ヤシの木を、雪が積もった松に転化し、原図の影にあわせるかのように人物などのモチーフを配することで、南国の風景を見事に討入の月夜の景に転化させている。
近江の国の勇婦於兼(ゆうふおかね)
題材は海津の宿の遊女で、荒馬の手綱の端を下駄先で踏みつけて鎮めてしまう怪力女。本図はいわゆる浮世絵の美人が、何の違和感もなく西洋風景に入り込み、不思議な均衡をつくった国芳の代表先の一つ。
国芳が生きた江戸時代には天保の改革が行われ、贅沢な浮世絵が取り締まりの対象となったうえ、47歳の頃には他の浮世絵師とともに奉行所に風俗にかかわる絵を描かないという覚書を書かされました。
そういった圧力下でも、浮世絵師はあの手この手で監視の目をかいくぐって浮世絵を書き続けました。
荷宝蔵壁のむだ書
落書きというていで、当時人気だった歌舞伎役者を描いた作品。右端隅に書かれた相合傘、どんな時代もこういう遊び心は変わらないんですね笑
魚の心
国芳は動物を愛し、とくに猫・金魚・狸を愛したそう。
この作品は、役者似顔であるが、検閲の取り締まりが最も厳しかった時期の出版であったことが考えられる。似顔の特徴から鯛は四代目中村歌右衛門、鰈は岩井紫若、蛸は嵐猪三郎と見られるが、その他は未確定。
さて、最後に紹介するのが猫大好き国芳の面目躍如たる作品。
猫飼好五十三次
東海道五十三次の宿場名の地口(語呂合わせ)を猫の姿で表現している。鰹節2本の「二本だし」(日本橋)から始まって、捕まえられた鼠の叫び声の「ぎゃう」(京)で終わる。
いろんな作品を紹介してきて気づくと思いますが、国芳の作品は本当に色んなカテゴリーで多岐に渡り、遊び心を加えて一般民衆も楽しめる作品を描き続けました。
明治維新前でまだ西洋文化が大々的に輸入してこなかった時代に西洋画を研究して日本画の新しい画風にチャレンジした国芳はおそらく相当魅力的な人物だったんではないか、と作品を通じて思うようになりました。
ぼくのブログを読んで国芳に興味を持った方、そうそこのあなた!
ぜひ、展覧会に行ってみてください!!絶対損はしません!!!
大阪展は先週日曜で終わってしまいましたがまだ静岡、東京があります。
<静岡展>7/9土 ~8/21日 静岡市美術館
<東京展>12/17土~2/12日 森アーツセンターギャラリー(東京・六本木ヒルズ)
http://kuniyoshi.exhn.jp/
※作品の解説について。解説文の大半は「歌川国芳展図録」から引用・または参照しています※
先週木曜に歌川国芳展@大阪市立美術館(天王寺区)に行ってきました。
すでに行った知り合いに図録を見せてもらって一気に展覧会行きたい熱上昇↑↑↑
歌川、といえばやはり広重が有名ですが
江戸時代の歌川派といえば、広重・三代豊国と並ぶほど、歌川国芳は有名な人。
古代中国の歴史小説「水滸伝」の武者絵を描いたことでブレイクした国芳は
この水滸伝シリーズで江戸の庶民に刺青を流行させた人の一人だそうです。
( ゚Д゚)<文化の発信者ってことか、すげぇー)
名前を知らない人でもこの絵は見たことあるのでは?
相馬の古内裏(ふるだいり)
江戸時代の読本、山東京伝「善知安方忠義伝(うとうやすかたちゅうぎでん)」を描いたもの。
平将門の遺児、滝夜刃姫(たきやしゃひめ)が弟の平良門とともに筑波山の蝦蟇の精霊から妖術を授かって荒れ果てた相馬の古内裏を巣窟として徒党を集め、亡き父将門の遺志を継いで謀反を企てるが、源頼信の臣大宅太郎光国(おおやのたろうみつくに)によって陰謀をくじかれ自刃する。
読本では光国の前で数百の骸骨が戦闘を繰り広げる場面であったが、国芳はこれを巨大な骸骨に置き換えて滝夜刃姫と遭遇する場面とつなぎ合わせている。
朝比奈小人嶋遊
平伏すべき大名行列を不敵な笑みで見下ろす極大の朝比奈と豆粒のような大名行列の人々。
ガリバー旅行記を思わせる構図は目を見張る面白さがあります。
朝比奈義秀小人遊(1842)とガリバー旅行記挿絵(1726)
同じく大男の朝比奈が登場する作品。並べたのはガリバー旅行記の挿絵。岸に打ち上げられたガリバーを遠巻きに見つめたり、暴れないように足を固定する和服の人々と、髪を結わせたり指の上で曲芸をさせて楽しんだりへそを覗く人がいたり、というなかなか好対照の2作品だと思います。
このように、国芳は西洋画を研究し自身の作品にフィードバックしていたようです。
みかけハこハゐがとんだいい人だ(1847)とウェルトゥムヌス(1590)
次の作品も見たことある人がいるかもしれません。
先に紹介した朝比奈が訪れた小人島の人々が寄って人物の顔を描き、胴体は朝比奈が胴体を担っています。首元に朝比奈の月代が覗いています。これと似た手法が右のだまし絵。ルドルフ2世というローマ皇帝の自画像を果物や果実でち密に描かれています。詳しい説明は以下サイトをご覧になってください。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/09_damashie/arcim.html
続いては風景画。
忠臣蔵十一段目夜討之図と東西海陸紀行
忠臣蔵のクライマックス、赤穂浪士が吉良邸に討ち入ろうと押し入る場面を建物を含めた風景画として国芳は描きました。遠近法の効いた幾何学的な描写、モノトーンを基調とした画面は独特の冷たさを醸し出し、雪の夜の討入の緊迫感があふれる。本作は従来から光と影の表現が特筆され、洋風画の影響が指摘されており、近年の研究で右図にあるニューホフ「東西海陸紀行」が原因であることが明らかにされた。原画にみる南国の真昼の景、コントラストの効いた建物とその影を、国芳は雪上がりの満月の夜に、ヤシの木を、雪が積もった松に転化し、原図の影にあわせるかのように人物などのモチーフを配することで、南国の風景を見事に討入の月夜の景に転化させている。
近江の国の勇婦於兼(ゆうふおかね)
題材は海津の宿の遊女で、荒馬の手綱の端を下駄先で踏みつけて鎮めてしまう怪力女。本図はいわゆる浮世絵の美人が、何の違和感もなく西洋風景に入り込み、不思議な均衡をつくった国芳の代表先の一つ。
国芳が生きた江戸時代には天保の改革が行われ、贅沢な浮世絵が取り締まりの対象となったうえ、47歳の頃には他の浮世絵師とともに奉行所に風俗にかかわる絵を描かないという覚書を書かされました。
そういった圧力下でも、浮世絵師はあの手この手で監視の目をかいくぐって浮世絵を書き続けました。
荷宝蔵壁のむだ書
落書きというていで、当時人気だった歌舞伎役者を描いた作品。右端隅に書かれた相合傘、どんな時代もこういう遊び心は変わらないんですね笑
魚の心
国芳は動物を愛し、とくに猫・金魚・狸を愛したそう。
この作品は、役者似顔であるが、検閲の取り締まりが最も厳しかった時期の出版であったことが考えられる。似顔の特徴から鯛は四代目中村歌右衛門、鰈は岩井紫若、蛸は嵐猪三郎と見られるが、その他は未確定。
さて、最後に紹介するのが猫大好き国芳の面目躍如たる作品。
猫飼好五十三次
東海道五十三次の宿場名の地口(語呂合わせ)を猫の姿で表現している。鰹節2本の「二本だし」(日本橋)から始まって、捕まえられた鼠の叫び声の「ぎゃう」(京)で終わる。
いろんな作品を紹介してきて気づくと思いますが、国芳の作品は本当に色んなカテゴリーで多岐に渡り、遊び心を加えて一般民衆も楽しめる作品を描き続けました。
明治維新前でまだ西洋文化が大々的に輸入してこなかった時代に西洋画を研究して日本画の新しい画風にチャレンジした国芳はおそらく相当魅力的な人物だったんではないか、と作品を通じて思うようになりました。
ぼくのブログを読んで国芳に興味を持った方、そうそこのあなた!
ぜひ、展覧会に行ってみてください!!絶対損はしません!!!
大阪展は先週日曜で終わってしまいましたがまだ静岡、東京があります。
<静岡展>7/9土 ~8/21日 静岡市美術館
<東京展>12/17土~2/12日 森アーツセンターギャラリー(東京・六本木ヒルズ)
http://kuniyoshi.exhn.jp/
※作品の解説について。解説文の大半は「歌川国芳展図録」から引用・または参照しています※