ある土砂降りの雨の日ー

 
私は大きな漆黒の傘を差し警視庁へ向かう。
道中、浮浪者のような男がぶつかってきた。
気づいたら俺の漆黒の傘が奪われていた。
「おい!せめてそのくそみてぇーな傘だけでも置いていけ!」
男は一度振り返るともともと所持していたビニール傘を捨て、走って行った。
私はずぶ濡れになりながら手袋でその傘を拾い、差さずに袋に入れ、警視庁へ向かった。
仕事場に着くと、私はさっそく同僚に今朝の出来事を話した。
話の掴みは完全に仕上がっているこのずぶ濡れの姿があれば十分だった。
私は楽しくてしょうがなかった。
こんな非日常的な面白いエピソードなどそうそう手に入るものではないからだ。
一通り話し終えた後、拾った傘を鑑識にまわし警視庁の力をフルに活用して先ほどの男を見つけた。
どうしてもお礼をしたかったのだ。
もちろん協力してもらった鑑識の奴らや同僚には取り返してカタをつけてやるといってある。
それと、恥ずかしながらもう一つの理由がある。
話の途中、調子に乗ってしまい奪われた傘は我が家で代々受け継がれている漆黒の傘という設定を付け加えてしまったのだ。
 
後日、あの男を訪ねた。
男はびっくりしていたが、私がお礼をしたいというとさらにびっくりしていた。
私はお礼がしたいというのに男は、
「あの傘はもう持っていない。すまない、許してくれ。」
と、意味のわからないことを言うのだ。
どちらかといえばぶつかって傘奪ってもらった上に調子に乗ってさらにボロ傘をもらってしまったことに対しこっちが謝りたいぐらいなのに。
私は男に漆黒の傘についての話をし、承知してもらった後お礼として現金10万円と傘の2点を渡した。
これで、エピソード分と漆黒の傘分の2つの心残りがなくなりスッキリできた。
「ふー。」
さて帰るか、最後に挨拶しようと男の顔を見ると理解できなかったのかとても困惑した顔を浮かべていた。
このとき、相手がマイナスで、故に私がプラスなのではないかと思った。
このままでは気分が悪いのでなんとか相手に気を晴らしてもらおうと考えた。
初めにこの私の考え方を説明しようと考えたが相手の身なりを見る限りそれは難しいと判断した。
それならば仕方ない。一肌脱ぐかと思い、
「俺を殴れ!さぁ!」
と言った。
この発言の理由は簡単だ。
肉体的快感をプレゼントしてあげようと言うわけだ。
男はどうしていいかわからないがとりあえず思いっきり殴ることにした。
これでやっと、私は清々しく帰ることができた。
 
家に帰ると、私はあることに気がついた。
「私は殴ってもらって気が済んだ。つまり私にとってプラスの事柄であったがあの男にとってはどうだったのだろうか。まず、あの男は私に会っただけで、マイナスな事柄であったはず・・・」
「私はなんてことをしてしまったんだ。」
「しかし男も今回の出来事について考え疲れているはず、なんとかしなくては」
「そうだ!男を窃盗罪で逮捕すればいいんだ。私は感謝と申し訳ない気持ちであの男を逮捕したくない。故に私にとって相当なマイナスだ。また、私には理解できないが、あの男にとっては罪滅ぼしができたと思い込むことができ、スッキリできるだろう。」
 
翌日、男は窃盗罪で逮捕された。